そういうところ

「夏生くんって、ちょっと変わってる」


 夜店でフランクフルトを二本購入してからタイヤ飛びまで戻った途端、彼女にそんなことを言われてしまった。

 マスタードの付いていない方をプラスチックトレーごと手渡し、隣のタイヤに跨って座るとその言葉の意味を訊いた。

「初めて会った時もだったけど、なんか――」

 彼女はそれだけ言うと、また顔を赤くして下を向いてしまう。

 普通であれば『なんかって何?』とでも返すのだろうが、今回に関してはその必要はなかった。

 なぜなら僕自身、その『ちょっと変わってる』部分に身に覚えがありすぎたからだ。

「ごめん。僕って言葉選びがおかしいよね。自覚はあるんだけどさ」

 昔から友達や両親、そして学校の先生からすら散々指摘され続けているそれは、僕にとっては生まれつきの悪い癖のようなもので、直そうと思ってもなかなか直せずにいた。

「あ……ううん、ちがくて」

 フランクフルトの載ったプラスチックトレイを手に持ったまま、彼女は真剣な面持ちで僕の目を直視すると言葉を続けた。

「なんか……ぜんぶ言ってくれるから」

「全部?」

「言ってもらって嬉しいこと」

 三度顔を赤らめた彼女は、下を向いたままゆっくりとフランクフルトに口を付けた。

 僕もそれ以上は何も言わずに、櫓を囲んで盆踊りに興じる老若男女を眺めながらフランクフルトに齧りつく。


 木串を手に持ったまま彼女がフランクフルトを食べ終わるのを待ち、頃合いを見計らって勢いよくタイヤから立ち上がる。

 そして彼女の眼前に向かって手を差し出した。

 それは手にしている木串とトレーを受け取り、すぐそこにあるゴミ箱に捨ててこようと思っての行動だった。

 だが彼女は少し驚いたような顔をしたあと、そっと僕の手に自分の手を重ねてくる。

 僕のものよりも二周りも小さなその手は、白くてしっとりとしていて、それに少しだけひんやりとしていて気持ちがよかった。

「志帆ちゃん、行こっか」

 握ったほうの手で彼女を立ち上がらせると、反対の手で今度こそ串とトレーを受け取る。

 ゴミ箱を経由して櫓の前まで移動すると、すぐ近くにいた若い女性が二人分の場所を空けてくれた。


 去年は会場まで来はしたものの、夜店で買い物をして他の人たちが踊る姿を眺めながら、あっちゃんとぺちゃくちゃとお喋りをしていただけだったので、盆踊りに参加するのは二年振りのことだった。

 最初の数分こそ違和感を覚えながらだったが、すぐに勘を取り戻すと手足を大きく振りながら手拍子を打つ。

 すぐ後ろでは、彼女も上手に団扇を振りながら踊りの輪に溶け込んでいる。

「ごめん志帆ちゃん、場所代わって」

 僕の唐突な願い出に不思議そうな顔をしながらも、彼女は踊りの手を一旦止めて場所を入れ替わってくれる。

「どうしたの?」

 今度は彼女の方が振り返って尋ねてくる。

「志帆ちゃんが踊るとこ、もっとよく見ていたくて」

 彼女は振るっていた団扇を口元にあてると、「だから、そういうところだよ」と笑いながら言った。

 さすがに今のそれは自分でもよくわかっていた。

 確かに僕は変なのだ。


 曲が二回変わる頃になって、どちらかともなく盆踊りの輪からそっと抜け出すと、再びタイヤ飛びのところまで戻ってきた。

「夏生くん、盆踊りすごい上手なんだね」

 彼女はそう言うと手にした団扇で僕のことを扇いでくれる。

「志帆ちゃんこそ――」

 そのあと『すごく上手で、それに綺麗だった』と続けたかったが、今回ばかりは寸での所で言葉を飲み込むことに成功した。

「お姫様みたいでかわいかったよ」


 少し休憩してから顔なじみのかき氷屋の夜店へと足を運ぶ。

 強面で優しい店主が僕の顔を見て「お、今年は別の子を連れてきたんだな」と、ニヤニヤしながら誂ってくる。

「いつもの子は僕の従姉で、この子は僕の……大事な友達なの」

 自分的には最大限に言葉を選んだつもりだった。

 店主は目を丸くすると「そうかいそうかい。じゃあたっぷりサービスしてやらんとな」と、慣れた手付きで見る見るうちに小高い山を二つ築く。

 まるで南アルプスの山々を思わせる巨大な氷壁を目の当たりにして、彼女は不安そうな顔で僕の顔を覗き込んでくる。

「これ、食べきれる自信ないかも……」


 例によって練乳が雪崩の如く山肌を埋め尽くしており、もはや見た目では何味のシロップが掛かっているのかすら判別できない。

 二人してタイヤの上に座り、一心不乱にシャリシャリと山を崩している光景は少しだけシュールだった。

「夏生くん」

 すぐ横から聞こえた鈴の音のような声に、登山の手を一旦止めて顔を上げた。

「ありがとう。その……大事な友達って言ってくれて」

 それはほんの数分前に自分で言った言葉だったはずなのに、なんて恥ずかしいことを言ってしまったんだろうと、今度は僕のほうが赤面する番だった。

「僕さ。志帆ちゃんとは海で初めて会ってお喋りをした時から、なんかだ昔からの友達みたいな気がしてたんだ」

 思ったことを性懲りもなく口に出してから、急いで視線を氷山に戻すと山崩しを再開した。

「……」

 視界の隅の彼女が、開きかけた口をそっとつぐむのが見えた気がした。

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