レアリティー

 シャワーで身体を洗い流し居間に戻ると、ひと目で二日酔いわかる祖父と父がちょうど気だるそうに起きてきたところだった。

 昼飯の用意は終わっていたようで、僕が席に着くとすぐ大皿に山盛りになったひやむぎが運ばれてくる。

 麺つゆは祖母の特製で、市販品のものとの一番の違いは味が圧倒的に濃く甘いことだった。

 かといって子供向けの味付けかといえばそうでもないらしく、市販の麺つゆも冷蔵庫にあるのだが、大人連中も祖母謹製のそれを鉢に注いでいた。


 ひやむぎの山から銘々好きな分だけを自分の鉢に取る。

 皆が機械的にその動作をただ繰り返す中、僕ひとりだけは明確な狙いを持って箸を構えていた。


 ――色のついた麺が欲しい――


 ひやむぎの山全体からすれば1%にも満たない割合で入っている、ピンクやグリーンの麺。

 それらが僕には、ちょっとした宝物のように見えていた。

 ちなみにフルーツみつ豆の色の付いた寒天にも同様のロマンを感じており、学校の給食でたまに出るそれの中に白い半透明のノーマル寒天しか見つけられなかった時などは、割と本気でがっかりするほどであった。

 そのことを大人たちに言えば、恐らくは色付きのそれをすべて譲ってもらえることだろう。

 だがそれでは喜びも楽しみも半減なのだ。

 あくまで周囲に気づかれないようにさり気なく、宝石のようなそれらを手に入れる。

 それが僕の流儀セオリーであり正義ジャスティスだった。


 母が大皿からひやむぎを取る。

 その下から現れたのは白いひやむぎばかりだった。

 手元の鉢に薬味のネギを追加しながら、その時を虎視眈々と狙う。

 叔母が腕を伸ばして箸でひやむぎをすくい上げるとようやく一本、淡いグリーンのひやむぎが白日のもとにその姿を晒した。

 すかさずに箸を伸ばし、白いひやむぎと一緒にそれを自分のものにする。

 麺をすする時に宝物を一緒に食べてしまわないように注意しなければいけない。

 鉢の中に色付き麺を溜めに溜めて、最後に一気にそれを食するためだ。

 あとはこの手順をひたすら繰り返すだけだった。


 祖母が取る。

 ない。

 祖父が取る。

 あった!

 父が取る。

 二本もある!


 十分ほどして大皿のひやむぎはすっかりと空になり、僕の鉢の中には色付きの宝が十数本も蓄えられていた。

 薄茶色の麺つゆの中に浮き沈みするカラフルな麺は、決して食欲を誘うような色とはいえないのだが、僕の心はといえば人知れず満たされていた。

 軽く息を吐くと、苦労の末に手に入れたそれを一気に口の中に流し込む。

「……」

 白い麺よりも美味い気が――しなくもなくはない。

 欲望を貪り尽くして顔をあげると、ひやむぎのように冷えた目で僕を見る大人たちと目が合う。

「あんた、ほんとに色の付いたひやむぎ好きだね」

 母にそう言われ、僕が密かにしていたそれが大人たちに全て見透かされていたことにやっと気づく。

「……うん」

 軒先に吊るされていた風鈴がチリンと音を立てた。

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