探索屋の少女

 情報屋のジョンの言う通り、翌朝も雨が降り続いた。昼頃になってやっと太陽が顔をのぞかせたので、ミンスはすばやく身支度を整える。宿屋からギルドア門へ向かう途中、昨日ジョンの元へと案内してくれたカルラスと行き会った。


「昨日はありがとな。おかげで情報が手に入った」

 ミンスが礼を言うと、カルラスはニッと歯を見せて笑った。

「おお、それは良かったぜ。今度ギルドアに来たときはもう少しゆっくりしていけよ。案内するぜ」

「ああ、また来るよ」

 もう一度ミンスは礼を言い、手を振って二人はわかれた。


 ギルドアの隣街コリードで一泊したのち、いよいよバイスを目指す。コリードでは特に聞き込みもせず、気になった店に入るなどして旅を楽しんだ。


 ――そして、コリードをった。


 コリードとバイスのさかいには森があり、そこを抜けると緑豊かな街並みが広がっている。田舎なためか門番の対応もゆるく、ミンスには心地良いものだった。通行証を無事に手に入れると、ミンスは門番二人に問いかける。


「この街に探索魔法を使える者がいると聞いたんだが、わかるか?」

「探索……ああ~!」と右の門番が手を打つ。

「探索屋のルカのことですね。それだったら、ここをまっすぐ行って、雑貨屋を右に曲がり……の場所にあります。武器屋と共同店舗なので、店主のラルゴさんに聞いてみてください」と左の門番が詳しい説明をしてくれた。

「わかった」

 そうしてミンスは、門番に教えられた道順に沿って街を進んでいった。


 バイスの住民はほとんどが平民である。広い敷地を生かした農業や家畜が盛んだ。ミンスは物珍しそうな目で辺りをキョロキョロとする。やがて辿たどり着いた店は、たしかに武器屋だった。


 そういえば店主の名前は……なんだっけか。

 ミンスは先ほど聞いた名前を思い出そうと頭をひねってみたが、全く出てこなかった。平常運転の王子である。

 重い扉をゆっくりと開けて店内に入ると、店の奥から小太りの男性が出迎えてくれた。


「やあ、いらっしゃい」

「ここに、探索屋がいると聞いてきたんだが」

「おお、ご新規さんか」

 彼は興奮した様子で声をあげたが、すぐさま申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「悪いなぁ。今、探索屋の方は別件があって、責任者がいないんだ。明日また来てもらっても大丈夫か?」

「ああ、別に構わない」

 急ぐことでもないしな。


 ということで、ミンスは空いた時間を使い、街中を散策することにした。バイスは住民たちの距離感が近いからだろうか、活気にあふれている。

 ミンスが商店街を歩いていると、ふいにどこからか叫び声が聞こえた。

「待てー!!!」


 なんだ?

 声の方角を見ると、桃色の髪をした小柄な少女が、あごひげを生やした男を追いかけていた。男は次々と石を生み出し、少女に向かって投げている。あれは『地』の魔法だ。少女は懸命に攻撃を避けていたが、足元の石につまずいて思いっきり転んでしまった。


 ぶはっ、と思わずミンスは笑う。ライムートが氷で転んだときを思い出したのだ。ミンスが肩を震わせていると、少女はまたも大声で叫んだ。

「もーう! 誰かその食い逃げ犯捕まえてー!!!」


 笑いをこらえながら、ミンスはその声に従って動き出した。

氷塊ひょうかい

 右手を男に向けて魔法を発動させる。氷のかたまりが飛び、男の脇腹に命中した。男は「ぐふぅっ!」と声をあげ、その場に倒れる。

 ミンスはよっと男の背に乗り、腕をしばりあげた。


「いいいい痛い痛い! 待て待て待て、金払うから!」

 下敷きにした男はバタバタと抵抗してくる。ミンスは短剣を取り出して威嚇いかくしながら、男の財布を抜き取り、なにやら一人くすくすと笑っている少女に投げ渡す。

 男の拘束を解いてやると、そいつは足早に逃げていった。短剣くらいで、おびえるなんて弱っちいやつである。


 ミンスはふぅと息を吐いた。チラッと横を見ると、先ほどまで笑っていた少女が今度は不安そうな顔をしている。じりじりとミンスとの距離をとっていた。ミンスは彼女の視線の先に短剣があることに気づき、サッとしまった。


 それを見た少女はホッとしたように肩の力を抜くと、若干脚を引きずりながらミンスの近くにやってきた。

「あの、ありがとうございました!」

 花が咲くような笑顔で礼を言う。桃色の髪は肩につかないくらいの長さで、一五〇ほどの背丈。


 ミンスはてのひらを見せた。

「報酬ねぇの? 食い逃げ犯捕まえたの俺だし」

 すると彼女は「は!」とくりくりな瞳を見開き、お金を出そうとあわあわし始める。


 ……面白い。怒ったり笑ったり、表情がコロコロ変わる。情報屋のジョンもそうだが、この少女も少女で、今まで会ったことのない部類だ。ミンスはまたも思わずふき出した。

「はははっ! 冗談だよ冗談。こんなことくらいで報酬なんていらねぇよ。あんた馬鹿素直だな」

 一人旅に出て、初めての面白い出来事であった。


 と、もうこんな時間か。そろそろ宿屋を探さないといけない。また会えたら楽しそうだなと思いながら、少女をその場に残し、ミンスは歩き出した。

 無事に宿屋が見つかり、寝台に寝転がる。王都のものと違って寝心地はあまり良くないが、今日の出来事を思い返しながら、ミンスは眠りについた。


 ――翌朝、早起きをして探索屋へ向かったミンス。

 扉を開けると、そこには昨日の少女がいた。ミンスを見るなり指をさして「昨日の!」と声をあげる。


「昨日のちびか。探索屋だったんだな」

 まさかあの少女が探索屋だとは。また会えたら良いとは思ったが、探索屋はてっきり優秀な魔法師だとばかり思っていた。なにせ最も難しい魔法と言われているのだから。少々期待が外れてしまったが、まあいいかとこぼす。


「人探しを依頼したい」


 ミンスがそう告げると、窓から突然、強風がふき込んだ。その風によって、壁に立てかけてある武器が傾く。隣合った武器の金属部分が接触し、キーンッと大きな音が鳴った。

 ミンスが来ているローブのフードも、その風で取れてしまう。少女と視線がぶつかり、静寂が広がる。


「おーい、大丈夫かー?」

 店の奥から、武器屋の店主ラルゴが声をかけてきた。二人はパッと視線を外す。少女にいたっては、ぐりんと体の向きを変えたため、首飾りが反動で顔に当たった。頬をさすりながら、それを大事そうに握りしめる。


「旅人さんじゃないか。依頼だよな?」

 ラルゴは倒れた武器を元の位置に戻しながら、ミンスに水を向けた。ミンスは急に問いかけられ、「あ、ああ」とぎこちない返事をしてしまう。


「じゃあ、えっと、とりあえず座ってください!」

 少女も気を取り直したように、ミンスを案内する。ミンスはうながされるまま、店内の端に置いてある椅子に腰かけた。小さな四角い机をはさみ、少女は対面に座る。


 わざとらしく咳払いをした少女は、ミンスを見据みすえ、ニッコリと笑う。あどけないその表情に、ミンスは引き込まれていくのがわかった。

「初めまして、わたしはルカ。人でも物でもなんでも、必ずわたしが見つけます!」

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