閑話 あの日の決意

 ライムートは八歳のとき、ある決意をした。


 王都であるフーデルフォンとシャルドネのさかいには森があり、ライムートはその日、妹のコルネリアと一緒に食料採取をしながら遊んでいた。活発なコルネリアに置いていかれないように森の中を進んでいく。けれど結局はぐれてしまった。


「コルぅぅ……どこいったの……」

 引っ込み思案で心配性のライムートは、涙を浮かべながら一人さまよう。ど、ど、どうしよう。オロオロしていると、ふいにしげみから声が聞こえた。妹かもしれないと、ライムートはすぐに近づく。


「うわあああっ!」

 そこにいたのは一匹の狼だった。奴は大声で叫んだライムートに気づき、ゆっくりと顔をあげる。美味しそうな獲物を見つけたと言わんばかりに、その瞳がキラリと輝いた。


 全身がぶるりと震えた。た、食べられる。ライムートは怖くてその場を立ち去ろうとしたが、飛び出た木のみきにつまずいてしまう。怖い……震えて立ち上がることができない。なんとか体を起こしたが、地面に座った状態で後ろへ後ろへとなんとか逃げようとする。


 もう、だめだ。と思ったそのとき、横の茂みから石が飛び、狼に命中した。一個、二個……何個も飛んでくる。狼は不快ふかいそうに石の出どこをにらんだ。すると、木の陰から少年が飛び出し、ライムートの前に両手を広げて立った。


「おい、早く逃げろ!」

 少年はそう言い、狼に向かって「氷結ひょうけつ!」と叫ぶ。その瞬間、狼の四本足がこおりついた。

「何やってんだ! 今のうちに早く!」

 少年が再び叫ぶ。


 ライムートにはその少年が輝いて見えた。自らの危険をかえりみず、見ず知らずの自分を守ってくれるなんて。けれどふとその子の足元を見ると、ガクガクと震えていた。

 あ……そうか、この子も怖いんだ。

 ライムートは自分の震えがおさまっていることに気づく。立ち上がって少年の前へと移動した。少年は「ちょ、お前!」と言っていたが、構わずに狼と対峙たいじする。狼が力づくで氷を割ると、ライムート向かって突進してきた。


 大丈夫、できる。そう信じながら、右手を伸ばし、集中する。手に光の粒が集まった。

風爆ふうばく!」

 ライムートが叫ぶと、狼の目の前で爆発が起きた。それはものすごい威力いりょくで、狼は後ろに吹っ飛び、そのままひっくり返る。


 すぐさまライムートは少年の手をつかみ、走り出した。早く森から抜けないと!


 ――どのくらい走ったのかはわからない。無我夢中むがむちゅうで走っていたら、どうやら出口のようだ。王都の街が見える。

「はぁ……はぁ……大丈夫?」

 ライムートが問いかけると、少年は興奮した様子で声を出す。


「な、なあ! おまえすごいな! 強いな!」

 前のめりで話す少年に、ライムートはややのける。その輝く綺麗な緑色の瞳に、吸い込まれそうだった。

「あ、ありがとう。ところで君の名前は? 僕はライムート・バロール」

 消極的なライムートだが、一応この子よりは年上だろう。頑張って話題を作らないと。


「ん? おれはミンス・カルシスアだ」

「……カルシスアって……えぇ! おおお、王子さま!?」

 カルシスアはこの国の名だ。この少年は王子さまだったのだ。道理で服がきらびやかである。ライムートの動揺を気にしていない様子のミンスは「魔法もっと見せてくれよ!」とせまってくる。

「う、うん、いいけど……」


 それから二人は少しの間、話をした。王宮のこと、勉強のこと、魔法のこと。

「おれは、もっと自由になりたい」

 ミンスは青く澄み渡った空を見上げながらこぼした。

「自由?」

「うん、自由。もっともっと強くなって、色々なところを旅して、色々な人に出会いたい」

「わぁ! 旅かぁ、良いね」


 ライムートが顔をほころばせると、ミンスは得意げに「だろ?」と言った。

 最初は緊張していたライムートだったが、彼のその無邪気な姿に、徐々じょじょに心を開いていく。すっごくすっごく楽しかった。


 やがてコルネリアがあきれた様子でライムートの元へ走ってきた。

「兄さん、何してたんですか? 早く帰りますよ」

 しっかりした妹である。ライムートは「またね」とミンスに挨拶をし、帰路きろについた。


「母さん、今日ね。王子さまに会ったよ」

 食事の席で母に報告をしてみた。

「あら~何番目の方かしら?」

「えっと、四番目。一番下って言ってた」

 そう言うと、さっきまでの微笑みが一瞬で消え、冷たい瞳になった。母は大きなため息をつく。

「第四王子なんて、あの脱走する子でしょう? 不真面目で態度も悪いって有名じゃない」

 この話は終わりだ、という風に、母はコルネリアに話題を振り始めた。


 ライムートはその言われように腹を立てていた。なんなんだよ。彼のことを知りもしないで、勝手なこと言って。彼はすごく勇敢ゆうかんな人なのに。

 そのとき、口から自然と言葉が出た。

「母さん、俺、騎士になる。強くなるから」


 妹のように社交的でない自分は、周りの子とあまり上手くいっていなかった。からかいを受けることも多かった。暗い。弱い。つまらない。お荷物。

 でも、今日、ミンスに出会った。ミンスは自分のことを強いと言ってくれた。自分の力が誰かの役に立つのなら、あの人の力になれるのなら。


 ライムートは両親の反対を押し切り、その後すぐ騎士の訓練校に入った。

 そしてめきめきと力をつけていき、十歳ですべての過程を終わらせ、試験もなんなく合格した。

 いよいよ仕事先の要望を出すときだ。訓練校を卒業するとき、誰の護衛がしたいか、どこの警備がしたいかなど、要望を出すことができる。特に希望がない者は実力を見て、教師たちが行き先を決定する。


 自分の想いはあの日から変わっていない。ライムートは紙に大きく書いた。

 ミンス・カルシスア様の専属護衛希望、と。

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