閑話 あの日の決意
ライムートは八歳のとき、ある決意をした。
王都であるフーデルフォンとシャルドネの
「コルぅぅ……どこいったの……」
引っ込み思案で心配性のライムートは、涙を浮かべながら一人さまよう。ど、ど、どうしよう。オロオロしていると、ふいに
「うわあああっ!」
そこにいたのは一匹の狼だった。奴は大声で叫んだライムートに気づき、ゆっくりと顔をあげる。美味しそうな獲物を見つけたと言わんばかりに、その瞳がキラリと輝いた。
全身がぶるりと震えた。た、食べられる。ライムートは怖くてその場を立ち去ろうとしたが、飛び出た木の
もう、だめだ。と思ったそのとき、横の茂みから石が飛び、狼に命中した。一個、二個……何個も飛んでくる。狼は
「おい、早く逃げろ!」
少年はそう言い、狼に向かって「
「何やってんだ! 今のうちに早く!」
少年が再び叫ぶ。
ライムートにはその少年が輝いて見えた。自らの危険を
あ……そうか、この子も怖いんだ。
ライムートは自分の震えがおさまっていることに気づく。立ち上がって少年の前へと移動した。少年は「ちょ、お前!」と言っていたが、構わずに狼と
大丈夫、できる。そう信じながら、右手を伸ばし、集中する。手に光の粒が集まった。
「
ライムートが叫ぶと、狼の目の前で爆発が起きた。それはものすごい
すぐさまライムートは少年の手をつかみ、走り出した。早く森から抜けないと!
――どのくらい走ったのかはわからない。
「はぁ……はぁ……大丈夫?」
ライムートが問いかけると、少年は興奮した様子で声を出す。
「な、なあ! おまえすごいな! 強いな!」
前のめりで話す少年に、ライムートはややのけ
「あ、ありがとう。ところで君の名前は? 僕はライムート・バロール」
消極的なライムートだが、一応この子よりは年上だろう。頑張って話題を作らないと。
「ん? おれはミンス・カルシスアだ」
「……カルシスアって……えぇ! おおお、王子さま!?」
カルシスアはこの国の名だ。この少年は王子さまだったのだ。道理で服が
「う、うん、いいけど……」
それから二人は少しの間、話をした。王宮のこと、勉強のこと、魔法のこと。
「おれは、もっと自由になりたい」
ミンスは青く澄み渡った空を見上げながらこぼした。
「自由?」
「うん、自由。もっともっと強くなって、色々なところを旅して、色々な人に出会いたい」
「わぁ! 旅かぁ、良いね」
ライムートが顔をほころばせると、ミンスは得意げに「だろ?」と言った。
最初は緊張していたライムートだったが、彼のその無邪気な姿に、
やがてコルネリアがあきれた様子でライムートの元へ走ってきた。
「兄さん、何してたんですか? 早く帰りますよ」
しっかりした妹である。ライムートは「またね」とミンスに挨拶をし、
「母さん、今日ね。王子さまに会ったよ」
食事の席で母に報告をしてみた。
「あら~何番目の方かしら?」
「えっと、四番目。一番下って言ってた」
そう言うと、さっきまでの微笑みが一瞬で消え、冷たい瞳になった。母は大きなため息をつく。
「第四王子なんて、あの脱走する子でしょう? 不真面目で態度も悪いって有名じゃない」
この話は終わりだ、という風に、母はコルネリアに話題を振り始めた。
ライムートはその言われように腹を立てていた。なんなんだよ。彼のことを知りもしないで、勝手なこと言って。彼はすごく
そのとき、口から自然と言葉が出た。
「母さん、俺、騎士になる。強くなるから」
妹のように社交的でない自分は、周りの子とあまり上手くいっていなかった。からかいを受けることも多かった。暗い。弱い。つまらない。お荷物。
でも、今日、ミンスに出会った。ミンスは自分のことを強いと言ってくれた。自分の力が誰かの役に立つのなら、あの人の力になれるのなら。
ライムートは両親の反対を押し切り、その後すぐ騎士の訓練校に入った。
そしてめきめきと力をつけていき、十歳ですべての過程を終わらせ、試験もなんなく合格した。
いよいよ仕事先の要望を出すときだ。訓練校を卒業するとき、誰の護衛がしたいか、どこの警備がしたいかなど、要望を出すことができる。特に希望がない者は実力を見て、教師たちが行き先を決定する。
自分の想いはあの日から変わっていない。ライムートは紙に大きく書いた。
ミンス・カルシスア様の専属護衛希望、と。
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