家族との壁

 ミンスは訓練場から戻ると、着替えを済ませて食堂へ向かった。そろそろ夕食の時間だ。朝と昼はそれぞれで食事をしているが、夜だけは家族そろってとなぜか決まっている。食堂にはすでにミンス以外が席に着いていた。


 入口から一番遠い席に座るのは父でありこの国の王、ドーマイオス・カルシスア。物腰が柔らかく、王様っぽくないなとミンスはいつも思う。それに加えて母のエルメシードも温和で、怒っているところなど誰も見たことはないという。

 ミンスはみなに挨拶をすると、三男であるモニタルの横へと腰をおろした。使用人が次々と料理を運び、ミンスはしぶしぶといった様子で行儀作法を守りながら食事をする。


「ゼリン、最近の研究はどうだ? 先日も薬師と話していただろう?」

 ドーマイオスが長男であるゼリンに声をかける。彼は夕食時に、息子四人に近況報告をさせるのだ。毎日毎日話すことなんかない、とミンスは心の中で文句を言った。


 ゼリンは一旦食事の手をとめ、父に顔を向ける。

「研究は順調です。一つの植物を研究していると、知りたいことがどんどん出てきて……非常に楽しいです」

「おお、そうか。楽しくやっているなら何よりだ。だが、王都ではあまり薬草はとれないのではないか?」

 ドーマイオスが疑問を口にすると、ゼリンは首を縦に振った。

「はい、ですので再度バイスに行く予定です」


 長男の話が終わり、続いては次男のマーズレンに問いかける。

「マーズレン、結婚式の準備は大変だと思うが、しっかりやっているか?」

 あがり症のマーズレンは実の父と話をするときでさえ、緊張して汗をかいている。水を飲んでからゆっくりとこたえた。

「だ、だいたいの準備は整いました。改めてマリアーヌと食事をしたいと思っております」


 父と兄の話をそれまでしっかり聞いていなかったミンスだが、マリアーヌという言葉に眉がピクッと動いた。食べながら視線だけ天井に向ける。どこかで聞いたような気がするが、どこだったか。


 そんなミンスを誰も気にとめず、ドーマイオスは話を続けた。

「それはいいな。食事の予定に関しては、調整をしておこう」

 マーズレンは御礼を述べると、小さく息を吐き出した。ミンスより四つ上で人前に出ることは多いだろうに、あがり症は治りそうにない。


 続いての標的はモニタルだ。ミンスは隣に座る三男を横目でちらっと見る。一つ上のモニタルは父の専属護衛を目指し、訓練校に通っている。王子が王様の護衛とは、はなはだ疑問だ。


 気が強く、負けず嫌いなモニタルは、ミンスとの勝負ではことごとく敗北をしている。王宮で会う度に挑戦的な目で、勝負しろとせまってくる彼を、ミンスは苦手としていた。


「訓練校の教師たちから、モニタルはよく頑張っていると聞いた」

 感心するようにドーマイオスは微笑んだ。対するモニタルは表情を崩さず、真剣な眼差しで父を見返す。

「いえ、まだまだです。もっともっと特訓しないと」

 膝の上でこぶしをグッと握りしめたモニタルは、ミンスを一瞬にらんだあと、話を再開した。

「こいつ……ミンスに勝たなければ意味がありません」


 ミンスは名指しされ、あからさまに嫌そうな顔をした。今まで何度も一対一で試合をしているが、全く勝負にならない。特に今日はコルネリアと良い試合ができたこともあり、余計な時間を自分より弱い相手に取られたくなかった。自分より下の相手と闘っても強くはなれない。


「と言っているが、ミンスはどうなんだ? そういえば本日も脱走したと、ライムートから報告を受けているぞ」とドーマイオス。

「脱走は……まあ、はい、しました」

 しれっと応えると、モニタルが急に立ち上がって声を荒げる。


「……なんで、なんで、こんな不真面目なやつが! 俺は勉強も武術もちゃんとやってるのに……やる気がないなら城から出て行けよ! お前のことを必要とするやつなんてここにいないんだよ! 邪魔だ!」

 目には若干涙が浮かんでいる。モニタルの叫びに、食卓はしんと静まり返った。


 ドーマイオスは困惑こんわくしていたが、コホンと咳払いをして落ち着きを取り戻す。

「モニタル、一旦落ち着こうか。座りなさい」

 どこまでも穏やかな声色にモニタルは従った。母と上二人の兄も、ふぅと一息つく。ドーマイオスはみなを見回すと、ミンスに水を向けた。


「私も勉強が苦手だったから、ミンスの気持ちはよくわかる。勉強しろなどと強制はしない。けれど、ミンスもカルシスアに産まれた一人の王子だ。常にこの国に暮らす人々の上に立っている。どんなことでも良い。研究でも音楽でも魔法や武術でも、何か一つでも自分の目標を考えてみてごらん。目的もなくただ自由に過ごしているのは……な?」


 その言葉には諦念ていねんが感じられる。ミンスは「はい」と、短く返事をした。

 その後、静かな食事を終え、食堂から退出する。外の扉で待機していたライムートは、疲れた様子のミンスにそっと声をかけた。

「大丈夫ですか?」


 食事時のモニタルの声が耳の中で反響し、ミンスは眉間にしわを寄せた。

「紅茶」

 それだけ呟き、ミンスは一人スタスタと自室へ歩いていく。ライムートは頼まれたものを準備するため途中でわかれ、コルネリアが部屋まで一緒に付き添った。


「何かあったんですか?」

 コルネリアが質問してみたが、ミンスは応答せず、紅茶が出来上がるのを待っていた。コンコンと扉を叩く音が聞こえ、ライムートが部屋に入ると、美味しそうな紅茶の匂いが部屋にただよう。

 ライムートが机の上に丁寧に置いた。ミンスは一口飲み、ゆっくりと口を開く。モニタルが声を荒げたこと、ドーマイオスに言われたこと。二人は静かに話を聞いてくれた。


「それで? ミンス様は柄にもなく落ち込んでいるんですか? ……らしくないですよ」

 やれやれといった具合に、ライムートはミンスの対面に座った。ミンスは彼の言葉に「あ?」と小さい声をらす。


「居心地悪いなら、別にカルシスアの家にこだわらなくたっていいんですよ。俺は王族の護衛騎士がしたいんじゃなくて、あなたの護衛騎士になりたかったんですから。どこまでもついて行くし、俺は一生あなたを支えます」

 それはまるで求婚だ。彼の発言に、ミンスだけでなくコルネリアも硬直している。二人の様子にふっと笑うと、ライムートは話を続けた。


「ミンス様は、縛られるの嫌いでしょう? もっと自由になりたいって言っていたじゃないですか。強くなりたいなら特訓をすれば良いし、俺ならいくらでも相手になります。それに、いつも脱走するのは、勉強嫌いの他に何か理由があるんですよね?」

 ミンスが目をまたたくと、「俺が気づいてないとでも思いました?」とライムートはいたずらっ子のように笑った。


 肩の力が抜けたのか、ミンスは大きく息を吐く。思わず笑みがこぼれた。

「お前はすごいな……あの日からずっと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る