襲撃と魔法

 ライムートとコルネリアは辺りを警戒した。ミンスをはさむように二人は立つ。すると突如、ものすごい早さで短剣が飛んできた。ライムートはそれを片手で掴むと「誰だ!」と叫ぶ。それが合図だと言わんばかりに、物陰から人が飛び出した。


「いち、に……六人か。コル、いけるか?」

「はい! 任せてください」

「よし、風槍かざやり!」

 ライムートが先に『風』の魔法を発動させた。敵のみぞおちに風の槍が突き刺さる。

 ミンスはその光景を見ながら、自分が攻撃を食らったかのように、うわっ……と顔をしかめた。あの技はとにかく痛い。誰だか知らないがお気の毒に。


落雷らくらい!」

 兄に続いてコルネリアが叫ぶと、六人の頭上に一斉に雷が落ちる。


 ――あの人も『雷』の技を使っていた。


 護衛騎士二人によって次々と倒されていくやつらを横目に、ミンスは幼少期のころを思い返す。勉強が嫌で王宮を抜け出し、裏道で変なやつらに襲われたとき、助けてくれたあの人。


 自分を守ってくれたその大きな背中を、今でも鮮明せんめいに覚えている。名前を聞かなかったことをずっと後悔していた。まあ、聞いたところで覚えられたかはわからないが。

「どうしてそんなに強いの?」と問うと「守りたい人がいるからだよ」と言った。黙ったままのミンスに微笑むと、その人は続ける。

「自分を守るために強くなる人もいる。でも君が大きくなってたくさんの人に出会えば、守りたいと思う大切な人が現れるかもしれない。誰かのための強さは最強なんだよ」


 ミンスはその日から、武術には力を入れて取り組んだ。毎日毎日脱走しているのは、もちろん勉強が理由でもあるが、一番はあの人を探すためだ。守りたい人というのはまだわからないが、あの頃より自分は強くなったと伝えるために――


「ミンス様、大丈夫ですか?」

 コルネリアの言葉に、ミンスは意識を現実に戻した。彼女が心配そうにあるじの顔をのぞき込む。

「ああ、大丈夫だ」

 心配性なところもライムートとよく似ている。ミンスがふっと表情を緩めると、コルネリアはホッと胸をなでおろした。


 護衛二人は『雷』魔法で麻痺まひしている敵を手際良くひもでしばった。あっという間に片付いてしまい、ライムートは物足りなそうにうずうずとしている。

「倒しがいのないやつらだったな」

 腰に手を当てて口をとがらせる彼に、「俺もやりたかったなぁ」とミンスは冗談っぽく言った。


「いやいや、なんのための護衛騎士だと思ってるんですか」

 ライムートはそうあきれながらつぶやくと、襲ってきた敵に顔を向ける。

「お前らは何者だ?」

「……」

 黙ったままの奴らに、炎を見せてすごんだ。

「早く言え」


「……ひぃ!!」

 敵の一人が声をあげる。

 襲ってきておきながら弱々しく震える仲間の様子に、六人のかしららしき男がため息とともに吐き出した。

「魔石だ。魔石は高額で売れる……貴族しか持っていないと聞いて、王都に来て、それでお前らをねらった」


 ミンスは首にかけられた魔石を取り出した。そんなに高価なものなのか、とながめていると、隣に立つコルネリアが説明をしてくれた。

「魔石は一級魔法師にしか作れないんです。身につけた者に危険が迫ったとき、一度だけ魔法が発動され、守ってくれます」

「へぇ。普通に飾りだと思ってたわ」

 緑色に輝きを放つ魔石を、顔の前で揺らした。そういえば、あの人も魔石を持っていた気がする。


「王族に限らず裕福な貴族も持っている可能性はありますが、魔石を作るための材料が貴重なので、値段がすっごく高くなるんですよ」

 コルネリアは遠い目をしながらこぼした。

 そんな話をしていると、ライムートの方も話が終わったらしい。どうやら彼らは王族だと知っていて狙ったわけではなく、たまたま見かけたミンスたちを襲ったのだそうだ。


 帰りがてらそいつらを専門機関へと送り、三人は王宮へと戻った。部屋で簡単な昼食をとると、訓練場へと向かう。訓練生の休憩時間中に、ミンスたちは使用しているのだ。

「よし、コル。早速やるか」

 ミンスは木剣ぼっけんを手にすると、一本をコルネリアに投げ渡した。

「はい、よろしくお願いします」


「遠慮は無用だからな。城には治癒魔法が使える者もいるし、怪我の心配もいらない」

 ニヤリとライムートは告げる。自分が勝負するわけではないのに、楽しそうだ。ミンスとコルネリアが向き合うと、ライムートが「はじめ!」の合図を出した。


 コルネリアが先に動き、剣を振り下ろす。ミンスはそれを受け止め、剣の重みに感嘆の声をあげた。

「なかなかやるな、コル!」

 興奮した様子のミンス。右脚を一歩前に出し、押し返す。木剣の鈍い音が響いた。

「おお! いいぞいいぞ!」

 闘いをかたわらで見学しながら、ライムートも熱狂していた。


 その後も攻防戦が続き、二十分ほど打ち合った。ここまで互角ごかくにやりあえる相手というのに出会うことは少ない。コルネリアも感情が高まっているのが見てとれた。

 息があがっている二人を見たライムートは「そこまで!」と声を出す。ミンスとコルネリアは、地面にドサッと座り込んだ。ライムートが水を手渡すと、勢い良く飲みこむ。

「こんなに決着つかないのは久々だ……」

「私もです……」


「コル、強くなったな」

 ライムートがコルネリアの肩をポンと叩くと、彼女は頬を紅潮させた。

「ありがとうございます、兄さん」

 ミンスは仲の良い兄妹を横目で見ながら、再びぐびぐびと水を飲んだ。少しばかり休憩すると、おもむろに口を開く。

「よかったら『雷』の技、色々見せてくれないか?」

「? は、はい。わかりました」

 コルネリアは不思議そうな顔をしながらも、ミンスの急な要求に応じる。すっくと立ち上がった。


『雷』の技は四つ。落雷らくらい雷撃らいげき雷伝らいでん痺雷ひらい

 落雷は対象者の頭上から雷が落ちる。一度に結構な量の魔力を消費するため、連続で発動させることはできない。一方で雷撃は、落雷より威力は小さくなるが、何度もくり出すことができるのが特徴だ。


 雷伝は自分自身に雷を流すことで、触れた相手に攻撃をすることが可能であり、接近戦のときは何かと便利だという。最後の痺雷は、相手の体に触れて発動する魔法で、長時間相手を麻痺させる。体のどこに触れても大丈夫だが、コルネリアは使ったことがない。


「やっぱ『雷』は格好良いな」

 コルネリアの説明と実際の技を見たミンスはふてくされたように呟く。

「そうですか?」と彼女は首を傾げた。

「うん、俺も落雷とか使ってみてぇ」

「だったら練習しましょうよ、ミンス様」

 暇さえあればどこでも体を鍛えているライムートは、なぜか腹筋をしながら口をはさんだ。


「……まあ……そうだなぁ」

 意外とすんなり肯定こうていしたミンスに、ライムートは目をぱちぱちとさせる。

「魔法関係はやる気あるんですね」と、からかうように笑った。

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