王都散策

 ミンスは王宮の敷地しきちから出たあと、商店街へ向かった。飲食店、靴屋、雑貨屋、武器屋など、ところせましと並んでいた。

 店を見て回っていると、ガラスに映る自分に気づく。


 あ、ローブ忘れた。

 いつもはそれに付いたフードをかぶって顔を隠しているのだが、ライムートを撒くことに夢中になっていたから部屋に置いてきてしまった。


 とりあえず近くの服屋に入り、帽子を物色することにしよう。

 色々手に取って鏡で確認してみる。

 お、意外と似合ってんな。思わず口角が上がり、ミンスは上機嫌でその店を退出した。

 当初の目的であった家具屋を目指し、再び歩き出す。


 なるべく客が少なそうな家具屋に入店すると、そこでは机や椅子、棚などの大きな家具に加え、皿や置物、雑貨類も売られていた。

 店内を見回すと、お目当ての長椅子は三種類。どれも良い値段だ。王都であるフーデルフォンは裕福な貴族が多く住んでおり、それにともなって品物の値段も高いのだ。


 ミンスは早速、店主に声をかけた。

「長椅子に座ってみても?」

「はい、横になってもかまいませんよ」

 店主は目を細めて微笑むと、穏やかにこたえた。

 ミンスは優雅に腰かける。感触を確かめながら、三種類を吟味ぎんみした。

「これが一番良いな……」

 理想のふかふかさのものを見つけた。けれど、どうも色がしっくりこない。


 腕を組んで悩んでいると、ミンスの考えを察した店主は「お色は職人に依頼できますよ」と言った。

「おお、そうか。なら紫を頼みたい」

 ミンスは嬉しそうな声をあげる。目を閉じて自室を想像すると、自然と頬が緩んだ。


 すると突然、店の扉が勢いよく開いた。客を知らせる鈴が荒々しく鳴る。

 入ってきたのはライムート、と見たことのない女騎士だった。ライムートは「見つけましたよ!」と鼻息を荒くしている。その隣に凛と立つ彼女は、慣れた様子でライムートをひじでつつき、なだめた。


「二十分か。なかなか早いな、ライムート」

 店内の柱時計を一瞥いちべつし、図々しくも先ほどの長椅子に座ったまま、ミンスは脚を組んだ。勝者のような笑みを浮かべている。

「日々きたえられていますからね」

 ライムートは深呼吸をすると、入店したときの勢いとは一変、落ち着いた様子で言葉を発した。


 そんな二人のやりとりを、女騎士は黙って見守っている。見守っているというより、値踏みをしているようにミンスには映った。

 第四王子のミンスについて、あまり良い噂はない。窃盗、強盗、脅迫、器物損壊など。それは当然本人の耳にも入っているが、ミンス自身には身に覚えのないことばかりなので、大して気にしていなかった。


「それにしても、よく家具屋だとわかったな?」

 ミンスはライムートに水を向け、小首を傾げる。さすがに店まで特定されるとは思っていなかった。いつもは街を歩いているとき、後ろから突進するかのように追いかけてくる。

「お部屋の長椅子に横たわったとき、明らかにしかめっ面でしたからね」

「それだけでわかるとは、さすがだな」

 飄々ひょうひょうとしているミンスに対し、ライムートは肩をすくめた。


「それで、ミンス様、ご購入されるんですか?」

「ああ、さっき頼んだぞ」

「じゃあ、ちょっと店主と話をしてきます。コル、自己紹介して待っていてくれ」

 ライムートは店主の元へと行き、コルと呼ばれた彼女は「はい」とよく響く声で返事をした。ミンスの前へと移動し、ピシッと姿勢を正す。


「お初にお目にかかります、ミンス様。本日から護衛騎士を任されました、コルネリア・バロールと申します」

「バロールってことは、ライムートの妹か?」

 奥で店主と話をしているライムートを指さす。コルネリアは深くうなずいた。たしかに目元というか、なんとなく雰囲気が似ている。

「そうか、ええと、コル……なんとかと言ったな。これからよろしく」

 さっき名前を聞いたばかりなのに、この王子はもう忘れている。


 一方コルネリアの瞳からは、先ほどまでの厳しさが消え、顔がほころびる。

「はい。名前を覚えるのが苦手だと、兄から聞いております。私のことはコル、もしくは妹……」

「ミンス様、妹呼びは駄目ですからね。コルは俺の妹です」

 店主との話を終えたらしいライムートが横からぬっと現れる。いつもより語気が強い。ミンスの護衛騎士だというのに、コルネリアをかばうかのように立った。


「兄さん、立ち位置がおかしいです」

 コルネリアが耳打ちすると、ライムートはしぶしぶといったように体の向きを改める。

「過保護な兄で大変だな、コル」とあきれ顔のミンス。

 苦笑いを浮かべながら、コルネリアは首を縦に振った。ミンスがすっくと立ち上がり、店主に挨拶をすると、騎士二人もそれにならう。三人は店をあとにした。


「では、王宮に戻りましょうか。昼食を済ませたら、ミンス様お待ちかねの武術ですからね」

「はいはい」

 ミンスは了承を示すように軽く手を振った。

 先頭を歩くライムートは裏道を進んでいく。王子が街中を闊歩かっぽしているのはよろしくない、とのことだ。


 ミンスは右後ろを歩くコルネリアをチラッと見ると「ところで」と口を開く。

「コルの魔法属性も『創出そうしゅつ』か?」

「はい、適性は『雷』です」

 試しにコルネリアが掌をライムートに向ける。「雷撃らいげき」とつぶやくと、弱い光が放出された。「いたっ」とライムートは眉を寄せる。


「やっぱり兄妹で適性が同じってわけじゃないんだな」

「そうですね。魔力量は遺伝するらしいですが……適性にはその傾向がないみたいですね」とライムートが応えた。

「ミンス様は『水』と『氷』ですよね」

 もう慣れてきたのか、コルネリアは遠慮することなく話かける。意外と話し好きのミンスは、楽しそうに「おう」と笑った。


水弾すいだん

 ライムートを指さしとなえると、ミンスの手から水の塊が飛んだ。ライムートの顔に突撃し、ビシャビシャと水が垂れる。

「ちょっ」

「悪い、手が滑った」

 頭をぶるぶると振って水を払う兄の姿に、コルネリアはふふっと笑った。


「手が滑って魔法が発動されたら困り……」

 ライムートは不自然に言葉をとめる。

 急に厳しい表情をする彼に、ミンスは少し戸惑とまどった。

「そんな怒んなって」

 顔をのぞき込んでみたが、視線は合わない。


「いえ、怒ってるわけではなく……誰かにつけられています」

 ライムートは冷静に、淡々たんたんと告げた。

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