王都帰還

「ねぇねぇ、治癒と再生はどう違うの?」

 ミンスとルカは馬車をつかまえ、王都へ向けて森の中を進んでいた。ルカの言う『治癒』と『再生』は、魔法属性の『回復』のことをさしている。


「治癒は人や動物の怪我を治すもので、再生は植物とか自然を回復させるものだ」

「へぇ、なるほど~」

「ちなみに、人口の八割が俺と同じ創出属性と言われている。ルカみたいな作用属性はもしかしたら片手で足りるくらい少ない」

「え、そんなに?」

「そ、俺も初めて会った」


 ――そんな会話をしながら二人は馬車にゆられた。王都が近づいてきたが、今日はもう遅いので翌日にガルドレインを訪ねることにする。

 王都門では、ミンスが出発するときに担当していた門番のアレクがおり、軽く挨拶をわした。

「よお」

「こんばんは。ライムートさんたちが心配していましたよ」

 アレクが苦笑気味に言うと、ミンスは「そうか」と嬉しそうに笑った。


 今度の宿屋では、二部屋しっかり空いていた。

 翌朝、ご飯を済ませたあと、ミンスの部屋にルカが集合する。

「ガルドレインさんの居場所をまず探さないと……だね」

 あくびをしながら、ルカは言った。

「ああ、探索頼む」

「りょーかい」


 ガルドレインの顔については、ラルゴの記憶を見ていたから把握済みだ。ルカは眠気冷ましに両手で頬を軽く叩いたあと、その手を高く上げ「探索、開始」と声を出す。

 ルカによると、王都はバイスより広いため、多くの魔力が必要なのだそうだ。たしかに、前に見たときよりも光の量がすごい。


 眉根を寄せ、「どこだぁ~」とルカは独り言をつぶやく。

 少し経つと、腕をおろした。

「見つかったか?」

 呆然ぼうぜんとしているルカに、ミンスは声をかける。

「うん……豪邸ごうていすぎてびっくりした……あ、いや、ミンスの家はもっとすごいのか」


 早速宿屋を出て、ガルドレインの家へと二人は歩を進める。

 小さいころからバイスで過ごしてきたルカにとって、貴族の多い王都は落ち着かないとのこと。街中を歩きながら、キョロキョロと辺りを見回している。


 やがて辿たどり着いたガルドレインの家は、たしかにミンスの目から見ても豪邸だった。上級貴族だろう。

 あまり良い評判がない第四王子が行っていいものなのか、とミンスはここにきて変に緊張していた。一方で、そんな彼の緊張を知らないルカは、瞳をキラキラと輝かせている。


「す、すごっ!! うわー、わたしも一回でいいからこんな家住んでみたい~!」

 胸の前で両手を合わせるルカ。これはどうみても貴族らしくない、大丈夫だろうか。また別の心配が出てきてしまった。

 はぁと肩を落とすミンスに、ルカはあどけない表情で「どしたの?」と聞いてくる。

「いや、なんでもない。行くぞ」

 ミンスが呼び鈴を鳴らすと、使用人であろう女性が出てきた。


「私はミンス・カルシスアと申します。事前に連絡をしていないのですが、ガルドレイン様とお話することは可能でしょうか。この人について聞きたいことがあります」

 ミンスが一歩前に出てスラスラと話し出す。


 女性はミンスの名を聞いて眉が少し動いたようだったが、ルカの描いた絵を見ると「あら」となつかしむように笑った。

「承知いたしました。そちらのお嬢さんの名前も聞いていいかしら?」

 女性は少し体をずらしてルカを見る。


「は、はい! わたしはルカ・スティアートと申します」

 ルカは背筋をピンと伸ばし名乗った。するとその女性は大きく目を見開き、ミンスとルカを「どうぞ」と屋敷の中へとうながす。

 ガルドレイン本人に確認をとりにいかなくていいのだろうか。二人は顔を見合わせた。


 女性のあとをついて行きながら、ルカはミンスの服を軽く引っ張る。左手を口元にもっていった。

「なんかわたしたちのこと知ってる感じするよね?」

「だな。まあ、これからわかるんじゃねーか?」

 考えても仕方ないことである。だがルカは眉間にしわを寄せ、少し警戒しているようだった。


 そしてある部屋の前で女性は立ち止まると、扉をコンコンと叩いた。

「坊ちゃん、お客様ですよ」

「マキナさん、坊ちゃんはやめてくださいと何度も……」

 扉がガチャリと開く。


 金髪でガッシリとした体つきの男性が出てきた。マキナと呼ばれた使用人の後ろに控えるミンスとルカを見て、彼は瞠目どうもくする。扉に手をかけたまま、ルカだけをじっと見つめると「セリカ……」とらした。ルカはその言葉にビクッと肩をゆらす。

 マキナは、ほらほらとミンスとルカの背中を押し、部屋の中へと押し込んだ。「坊ちゃん、しっかりしてくださいね」と言い残し、部屋をす。


 取り残された三人の間に気まずい沈黙が広がった。ミンスはわざとらしく咳払いをする。

「えっと? 突然押しかけて申し訳ない。この人を知っているか」

 ミンスが絵を見せると、ガルドレインの顔が徐々じょじょゆがみ、右手で顔を覆った。

「ちょ、ちょっと、お待ちください」

 そう言ってガルドレインは自室の窓を開けると、深呼吸を数回繰り返した。ルカはミンスの後ろに半分隠れるようにして立つ。

 やがてガルドレインが長椅子に腰かけるよう言い、二人は座った。


「とりあえず、自己紹介をしましょう。私はガルドレイン・フェルベス。王都で騎士団長をやっていました」

「ミンス・カルシスアだ」

「……ルカ・スティアートです」


 ルカが名乗り終えると、ガルドレインはミンスに視線を戻した。ここに来た理由を求めているのだろう。

「俺はこの人に昔助けてもらいました。それでずっと探していた。そんなとき、あなたを訪ねるよう言われました」

「この絵は誰が?」とガルドレイン。

「わ、わたしです。探索魔法でミンスの記憶を見て、それで絵にしました」

 ルカは手を挙げて応えた。


 受け取った絵をガルドレインは見つめると、ゆっくりと口を開く。

「ここに行けと言ったのは……ラルゴかな?」

 視線は画用紙に向けられたまま、質問するガルドレイン。ルカは「そ、そうです」と言った。

「そうか……なら……今から少し、昔話をしましょう」

 ミンスとルカはチラッと視線を交わすと、同時にうなずく。

 ガルドレインは背もたれに寄りかかり、訥々とつとつと語り始めた。


 ――ガルドレイン・フェルベス、ラルゴ・ブライン、ルーク・スティアートの三人はみな上級貴族であり、仲の良い幼馴染であった。大人になり、ガルドレインは騎士、ラルゴは魔法師、ルークは魔法研究者として働き始める。


 小さいころからよく一緒にいた三人の中で、一番早く結婚したのがルークだった。相手の名はセリカ。腰まで伸びた桃色の髪は美しく、ガルドレインやラルゴもその美貌びぼうに見惚れるほどだったという。


 やがて、小さな命を授かった。産まれた女の子ルカは健康体だったが、セリカは子を産んだあと持病が悪化していき、数か月後に亡くなってしまった。


 そしてあの日、事件は起こる。

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