魔法講座

 ドスンッという低い音で、ミンスは目を覚ました。さすがに疲れも出ていて体が重いが、ゆっくりと体を起こす。腕を高く上げ、んーと伸びをした。

 視界の端に、床に寝転がっているルカが見える。さっきの音はこれか。あの衝撃で起きないとは。少女はいまだにスヤスヤと眠っている。


 ミンスは寝台からおりると、腹を出したままのルカのそばにしゃがみ込み、肩をゆすった。

「おい、ルカ。起きろ」

「んー、お腹空いたぁー」

 なんという寝言。よだれを垂らし、色気のない少女である。


 しかし、たしかに昨日の夕食以外、ゆっくりと食事をする時間がなかった。軽食ばかりだったな、とミンスは自分の腹をなでる。

 すると、なにやら良い匂いが漂ってきた。この宿屋の一階は食堂になっていて、朝飯の用意を始めたのだろう。丁度よく、ぐぅぅぅと腹の虫が鳴った。


「……ご飯っ! ぁいたっ!!!」

 大きな声を出しながらルカが急に起き上がった。頭がミンスのあごに直撃する。

「いってぇーなっ!!!」

 ミンスは叫んだ。若干涙を浮かべながら顎をさする。石頭め。


「ごごご、ごめん。って、なんでミンスそんなところにいたのさ! まさかわたしの寝込みを襲おうと!?」

 ミンスの怒りに対し、あわてて姿勢を正すルカ。けれどすぐさま警戒するように戦闘態勢をとった。ルカに戦闘能力はないのだが。

 ミンスはいまだに顎をさすりながら訴える。

「そんなわけあるか! 起こそうとしたらルカが急に頭上げたんだろ!」

「あ、なるほど、それはごめん」


「はぁ……飯食い行くか……」

 ミンスがサッと立ち上がると、ルカは「うん!」と満面の笑みで返事をした。

 ぴょこぴょこと後ろをついてこようとする彼女の髪の毛は、寝ぐせですごいことになっている。ミンスはこらえきれずにふき出した。肩をゆらしていると、その様子にルカは目を細める。

「ねえ、何笑ってんの?」

「くくっ、その寝ぐせは直してからこいよ」

 そう言い残し、ミンスは先に食堂へと向かった。


 食事を終えたあと、二人は再び部屋に戻った。ルカは大きくふくらんだお腹をなでながら、「まんぷく~!」とご機嫌だ。出発の準備をしながら、ミンスは口を開く。

「また森通るけどさ、自分の身くらい守れるようにしろよ。ルカの魔力量なら『操作』も『強化』も余裕だろ?」

 彼の言葉に、ルカはきょとんとした表情で首をかしげる。

「えっと、操作とか強化って……何?」

「は? だから、魔法……いや、属性や適性はわかるよな?」

 ミンスは片眉をつりあげた。


「えぇーと、わかりません」

 そう言ってルカは気まずそうに視線を外す。

「はぁ……なんか書くものあるか?」

「うん、あるけど。これでいい?」

 寝台に腰かけるミンスは、ルカから紙を一枚もらうと、近くにあった机を引き寄せる。隣に来るよう彼女をうながした。


 ――この世界の人間は全員が魔力を持って生まれる。魔力量は人によって異なり、ほとんどの人は親と同じくらいだとされている。


「魔法の属性は三つだ」

 紙に書き出しながら、ミンスは説明を始めた。「え、三つだけ?」と驚きの声をあげるルカに、軽くうなずく。


創出そうしゅつ』『作用さよう』『回復かいふく』の三つが、魔法属性としての分類だ。そしてここからさらに魔法の種類が細分化される。

『創出』には『火、水、氷、雷、地、風』『作用』には『探索、操作、強化』『回復』には『治癒、再生』。属性内の魔法ならばどれでも発動することが可能であり、適性魔法は特に威力の強い魔法を発動させられるのだ。


「俺は創出属性で、水と氷の適性がある。ルカはおそらく作用属性で、探索の適性だ」

 ルカはふむふむと相づちを打った。

「火とか水はわかるけどさ、地は何?」

「石、岩、土を生み出したり、地震を起こしたりできる。あ~、あれだよ、食い逃げ犯」

「なるほど! あれが地なんだ!」


 他に気になることはあるか、とミンスが聞くと、ルカは次々と疑問を口にした。

「わたしは操作も使えるってことだよね?」

「ああ、ためしに今やってみたらどうだ」

「ええ! どうやるの」

「魔法は基本的に頭の中で想像したことが反映される。だから操作の場合、物体を持ち上げる想像をすれば良い」


 あまり理解できていない様子のルカだが、机の上にある紙に向けて手を伸ばしてみる。

「うーんと、操作、開始?」

 彼女がとなえると、だんだんとてのひらに光の粒が集まった。紙がさっと宙に浮く。「おお! すごいすごい、できた!」と、初めての魔法にルカは感嘆する。


「机とかも動かせるんじゃねーか?」

 ミンスが提案してみると、彼女は紙をおろし、今度は机を持ち上げた。腕を左右に振ると、それに合わせて机も動く。


「わたしってすごいっ! でもさ、街中なら色々な物があるからいいけど、森だと難しくない? 木でも抜いて戦うの?」

「自然を破壊してどうする。でも、たしかに危機に直面したときの逃げる時間くらいは稼げた方が良いからな……」

 ミンスは腕を組んで考えを巡らせると、「そうか!」と言って急に立ち上がった。

「よし、続きは歩きながら話すぞ」

 荷物を手に部屋を出ようとするミンス。ルカは急いであとを追った。


「あ、そういえばさ、その属性や適性って、どうやってわかるの?」

 背の低いルカは早歩きをしつつ、ミンスを見あげる。

「生まれた直後に魔法具を体に当てるんだ。そうすると、その人の属性と適性が判明する」

「へぇ~初耳!」

「家族から聞かされなかったのか?」


「あ~、うん。両親はわたしが一歳になる前に死んじゃったから」

 ルカは地面に視線を落とした。ミンスからはルカのつむじだけが見え、表情がわからない。

「……悪い、余計なこと言った」

 ミンスが謝ると、ルカはパッと顔を上げて笑顔で返す。

「いやいや、別に大丈夫。両親の顔覚えてないからさ」


 少し気まずい雰囲気になってしまったところで、住宅が少し減った場所に出てきた。ミンスは「氷塊ひょうかい」と呟き、氷のかたまりを掌に出す。ルカはその塊をジッと見つめた。

「これで何するの?」


「操作で動かしてみろ」

 ミンスがそう言うと、ルカは自分を指さす。

「え、わたしが?」

「他に誰がいるんだよ」

 あきれながら笑うと、周りに人が通っていないことを確認し、いいから早くとルカをせっつく。彼女は部屋でのように、魔力を込めた。すると、氷の塊がフッとミンスの手から離れる。


「お、魔力で創出されたものでもいけんのか」

 感心したようにミンスはこぼすと、ルカに指示を出した。

「あそこの木に向かって、思いっきり放ってみろ」

 ルカは「わかった」と頷くと、腕を木に向かって力強く振った。塊がものすごい早さで木に刺さる。


「ちょ、これ大丈夫なの!? 自分で言うのもあれだけど、人殺しちゃわないっ!?」

 想像以上の威力にミンスが黙っていると、ルカが戸惑いをあらわにした。

「お、おう……ここまでとは……今どのくらいの魔力でやった?」

「半分くらい、かな」

 顎に手をあててこたえるルカに、ミンスは目を見開いた。

「あれで半分!? い、一割くらいで抑えとけ」

「わ、わかった」


 ルカに戦闘能力が備わったら色々なものを壊しかねない。それこそほんとに人を殺せるかもしれない。ミンスは遠い目をした。

 ライムートと出会ったときもあまりの魔力に衝撃を受けたが、ルカこいつはそれ以上だ。これはまたすごい奴と出会ってしまった、と改めて思った。

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