二人旅は前途多難

 そうしてミンスとルカは、元騎士団長ガルドレインのところへ行ってみることになった。ラルゴによると、その人はおそらく王都に住んでいるとのこと。ルカは「遠征だ!」と一人はしゃいだ。


 明日の朝一で出発すると決め、ミンスは探索屋をあとにし、バイスの宿屋へ戻った。部屋に入り、すぐさま寝台に寝転ぶ。天井に向かって、はぁと息を吐き出した。

 疲れたけれど、ミンスの心は踊っている。初めての街、初めての人、新鮮なことばかりだ。また王都へ戻るのは少し億劫おっくうだが、探しているあの人に一歩近づけたかと思うと嬉しかった。


 ――翌朝、再び探索屋に行くと、ルカが準備体操をして待っていた。肩かけの鞄を二つも持っている。

「おはよ~ミンス」

「おう」

 ミンスは軽く手をあげてこたえた。

 彼女はミンスの年齢を知ってからくだけた口調に変わった。生意気なやつであるが、実際は言うほど気にしていない。


「それじゃ、行ってくるね!」

 複雑そうな表情で見送りをするラルゴに、ルカは明るく声をかけた。

「気をつけてな。兄ちゃん、ルカのことよろしく頼む」

 ラルゴはルカの頭をなでたあと、ミンスに頭を下げた。頼まれてもなぁとミンスは一瞬思ったが、ラルゴの辛そうな顔を見て、「はい」と短く返す。


 彼が用意してくれていた馬車に二人は乗り込み、出発した。

 バイス門に着くと、ルカは茶髪の門番となにやら親しげに話し出す。

「おはよーございます! 今日もお疲れ様です!」

「おはよう、ルカちゃん。相変わらず元気だねぇ。それより、バイスから出るなんて珍しいな」

「そうなんですよ~、ちょっと依頼がありまして」


 二人が話している間、ミンスはもう一人の門番とやりとりを進める。王族の紋章もんしょうを見せたとたん、その門番は「王子!?」と叫んだ。ルカと茶髪のやつが勢いよく振り返る。ルカからの視線を気にもとめず、ミンスは無事に通行証を獲得した。


 ここからバイスの北に位置するシャルドネを目指す。来た道順でも良いのだが、ここまで来たらカルシスア王国すべての街に行ってみたい。昨日ミンスがそう言うと、ルカはあっさりと承諾した。

 とはいえ、こっちの道順だと森を二度通らなければならない。バイスとシャルドネのさかい、そしてシャルドネと王都の境にも森が広がっている。


 ミンスが景色をながめていると、ルカが様子をうかがうように小声で口を開いた。

「あの~ミンスさま? って呼んだ方がよろしい……?」

 気弱そうな表情をする彼女のおでこを、ミンスは指ではじいた。

「いたいっ! 何すんの!」

「別に呼び方も話し方もなんでもいい。好きにしろ」


 馬車にゆられて進んでいると、森の入り口付近に男女二人組が座っているのが目に入った。

「どうしたんだろう?」

 ルカは一人呟くと、馬車をとめるようお願いする。馬車から降り、座り込んでいる二人の元へと駆けていった。ミンスは面倒くさいなぁと思いながらもルカに続く。


「あのー、どうしましたー? お困りですか?」

 ルカが近寄ると、女性がバッと顔をあげる。その瞳には涙が浮かんでいた。

「た、助けてください……! さっき森の中で熊に襲われて……」

 女性が懇願こんがんするようにルカの腕をつかんだ。男性の方はところどころに傷があり、額から血が流れている。


「わわわ、わたしは、ど、どうしたら……!」

 ルカもあわて始めた。

 声をかけた張本人が冷静さを欠いてどうする。はぁとミンスはため息をつくと、男性の右腕を自分の肩に回した。

「あの、反対の腕支えてください」

 涙を流す女性は見たところ怪我はしていない。ミンスは馬車に運ぶのを手伝うよううながした。ルカはあわあわしていたが、二人組の荷物に気づくとさっと背負い、隣を歩く。


「バイスに医者はいるか? 二人を連れて行ってくれ」

 男性の怪我を見た御者ぎょしゃは、一瞬驚いて目を見開いたものの、すぐに応じてくれた。二人組を連れて、馬車はバイスへと戻っていく。


「歩くぞ」

 ミンスと御者とのやりとりに、ポカンと口を開けていたルカの頭を軽く叩いた。

「へぁっ!」とルカのおかしな声があがる。

「す、すごいね、ミンス。流れるようなやりとりにびっくりしちゃったよ」

 ミンスに置いていかれないよう、ルカは小走りで追いかけた。


 そして歩くこと三十分。まだ、三十分である。が、ルカは立ち止まり、はぁはぁと息を切らしていた。「遠いっ!」と叫び始める。

「文句言ってないで早く歩けよ。体力ねぇな、お前」

 一人でどんどん進んでもいいのだが、ルカがいなければ恩人やら元騎士団長やらを探すのが大変である。ミンスはルカがとまるたびに、後ろを振り返っていた。

「お前って言うのやめて。ルカっていうちゃんとした名前があるの!」

 またキャンキャンと吠えている。話しながら歩くから疲れるのではないか、とミンスは肩をすくめた。


「あー、あー、つーかーれーたーなー。……ひぃやぁ!!!」

 ルカがまたも変な声を発した。

「もう、なんだよ。うるさいぞ」

「だ、だだだ、だって、そ、そこ……」

 震えながら指さす方向を見ると、熊がのそりと起き上がった。ルカに焦点が合っている。一方でルカは、その場にへなへなと座り込んでしまった。


氷結ひょうけつ

 ミンスが熊の四肢を凍らせると、熊はうなり始めた。時間を稼いでいる間に早く逃げなければ。

「ルカ、早く立て、逃げるぞ」

 ミンスがきびすを返そうとすると、その脚にルカがはりついた。

「む、むりぃ……腰抜けた……」

「はぁ~!?」

「森なんて滅多に行かないもんっ! 熊なんて会わないもんっ!」

 なにやら訳のわからない言い訳も始まった。


 二人がそんな会話をしていると、氷がパリンと割れた。魔法で攻撃してもいいのだが、あまり野生動物を傷つけたくない。

「あーもう! 世話が焼けるやつだな」

 ミンスはガシガシと頭をいた。

氷壁ひょうへき!」

 先ほどよりも強い魔力で氷の壁を作る。これで時間は稼げるだろう。


 そして座り込むルカのお腹側から手を回し、腰を支えて持ち上げる。そのまま自分の右肩にかついだ。そのあまりの軽さにミンスは思わずルカを二度見する。

「ひぎゃあ!!!」と叫ぶルカ。

 ミンスはかまわず走り出した。


「ちょ、ミンス、もっと丁寧に、運んで、ぐはっ」

「喋ってると舌噛むぞ」

もぉはんあおもう噛んだよっ!!!」


 そんなこんなでルカを担いで森を駆けていき、熊が追いかけてこないことを確認してから速度を緩めた。ゆっくりとルカをおろす。

「もっと振動させずに運んでよ! それにあの持ち方、わたし女の子なんだよ!?」

 頬をふくらませて抗議する少女に、ミンスは仁王立ちで応戦した。

「もとはといえば、ルカが腰抜かしたからだろ」

「うっ……そうでした……反省してます」


「ちょっと休憩したらまた歩くぞ。今日中にはシャルドネに入りたい。野宿は嫌だろ?」

「野宿!? 絶対嫌!」

「じゃあ頑張って歩け」

「うぅ……わかった」


 二人はその後も森の中を進み、夕方にはシャルドネの街に入ることができた。飲食店で夕飯を済ませ、宿屋を探す。

「二部屋空いてますか?」とルカが受付の人にたずねた。

「うーんと、今日はあと一部屋しか空いてなくて……」

 今日はずっと歩いてきたので、体力のないルカはもちろん、さすがのミンスも脚が痛かった。一部屋なのが残念だがしかたない。結局二人はそこに泊まることになった。


 部屋には一人用の寝台と長椅子が一つずつある。ルカが一目散に寝台に飛び乗ろうとしたので、ミンスは少女の襟首えりくびをつかんだ。

「ぐへぇっ!」とルカのうめき声があがる。

「何しれっと広い方占拠せんきょしようとしてんだ」

「だってわたし女の子だもん! ふかふかなところで寝る!」

「性別関係ないだろ。俺もふかふかで寝てぇよ」


 ここは公平に、ということで勝負することになった。

「「じゃん、けん、ぽん!」」

 ミンスの勝利で一日を終え、ルカはしぶしぶといった様子で長椅子に寝転がる。最後まで文句を言いながらも、少女はミンスより先に寝落ちした。

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