初めての探索魔法

「では、あなたの名前と依頼内容を詳しく教えてくださいっ」

 そう言ってルカは瞳をキラキラと輝かせた。少し腰を浮かせ、早く早くと身を乗り出す。その距離の詰め方に、ミンスは若干引いた。


「おい、がっつきすぎだ」

 店の奥から武器屋の店主ラルゴがお茶を持ってくると、落ち着きのないルカの頭を軽く叩く。

「ぁいたっ!」

 ルカは頭をさすりながら、頬をふくらませて彼を見た。けれどラルゴは、そんな彼女の非難の目を無視し、ミンスに向き合う。

「兄ちゃんごめんな。新規の依頼人が久々だから、こいつ張り切ってんだわ」


「もーう、ラルゴは下がってて! 仕事はちゃんとするから!」

 しっしっとルカが手を払うと、苦笑まじりにラルゴは店の奥へと戻っていった。ルカは「改めて」と姿勢を正し、椅子に座り直す。


「あなたの名前は?」

「ミンス……だ」

「ん? その変な間が気になりますけど……まあいいです。ミンスさんですね」

 最初からカルシスアを名乗っても良いものだろうか。別に隠す必要はないのだが、この少女のことだ、対応が面倒くさくなりそうである。


 ルカはミンスの一瞬の思考には気づかず、質問を続けた。

「えっと、人探しの依頼でしたっけ?」

 その問いにミンスはうなずいた。そして、ライムートたちにした思い出を同じように語った。ルカは相づちを打ちながら、紙に情報を書きとめていく。


「おおお! まさにミンスさんの恩人ということですね。では、さくっと探索を始めたいのですが、探索されるのは初めてですか?」

「ああ、何か準備が必要なのか?」

「いえいえ、そうではなく、ミンスさんの魔法を少し見せて欲しいんです」

「俺の魔法を? なんで?」


「魔力量が知りたいので。相手の魔力量に合わせないと、記憶が失われる可能性があるんです」

 ルカは困ったように笑った。それに、どこか悲しそうでもある。そういうことが過去にあったということだろうか。ミンスは特に深く追求することはせず、ルカに続いて一旦店から退出した。


 建物から少し離れ、広い場所へと移動する。

「最大の力ではなく、半分くらいでお願いします。どんな魔法でも大丈夫なので」

 一歩ルカが下がるのを確認し、ミンスは樹木に向かって『氷』魔法を発動させた。

氷塊ひょうかい

 氷のかたまりみきに突き刺さる。ルカはふむふむと腕組みをしながら、その様子を眺めていた。


「こんなんでいいのか?」

「はい。じゃあ、早速始めましょう! その恩人さんを頭に思い浮かべていてください。あ、もし気分悪くなったらすぐ言ってくださいね」

 大きく深呼吸したルカは、ミンスに向かって両手を伸ばした。


「探索、開始」


 澄んだ少女の声が響くと、彼女の手に光の粒が集まっていった。相手に合わせる、ということはこれがミンスの半分の魔力量ということである。

 ふぅと息を吐き出し、ミンスは目をつぶる。ルカに言われた通り、あの日のことを頭に思い浮かべた。体感的には一分くらい。彼女の「探索、終了」という声とともに、ミンスは目をあけた。


 ルカは伸ばしていた右手をあごに持っていき、首をひねっている。

「うーん……」

「どうだったんだ?」とミンス。

「あ、すみません。顔はわかったんですけど、居場所がわからなくて」

 へらへらと笑って、少女は頬をいた。


 やっとあの人と会えると楽しみにして来たというのに、その態度はなんなのだ。ミンスは盛大なため息をつき、投げやりにこぼす。

「探索屋といってもたいしたことないんだな」

「なっ!!!」

 ルカは目を大きく見開いた。腰に手を当ててキッとこちらをにらんでくる。そんな顔をしても全然威圧感がないが。


「なんでそういう冷たい言い方するんですかっ! 大人げない!」

 さらになにやらキャンキャンと吠え始めた。まさに小犬のようだな、とミンスは思う。

「大人げないって、俺は別にまだ大人だとは思ってないしな。ずっと子どもでいい」

 ミンスがそう言うと、ルカは頭に疑問符を浮かべ、首をかしげた。後ろで手を組み、探るような瞳をミンスに向ける。


「え、ちなみにですけどぉー、ミンスさん今いくつですか?」

「十七だけど」

「うわ、わたしより三歳上なだけじゃん! なーんだ、もっと歳いってるかと思った」

「おい、今なんか失礼なこと言っただろ、お前」

「いいえー、そんなことありませんー。じゃ、ミンス、とりあえず恩人さんの似顔絵描くから戻るよー」

「言葉遣い変わってんじゃねーか!」


 歳が近いとわかって調子に乗っているのか、ルカは鼻歌を歌いながら歩き出した。はぁ……とあきれた表情でミンスは彼女のあとを追う。

 再び店に戻って、ルカは画用紙を取り出した。ミンスは先ほどと同じ場所に腰をおろす。


「ちゃちゃっと描くから、ミンスはお菓子でも食べてて」

 ルカは椅子に腰かけて脚を組み、その上に画用紙を乗せた。

「お前、絵描けんの?」

 怪訝けげんな表情でミンスがくと、ルカはニヤリと口角をあげる。

「まーた馬鹿にしてんでしょ。わたし、絵は小さいころから上手なの」


 さらさらと似顔絵を描いていくルカ。ラルゴが出してくれたお菓子を食べながら、ミンスはチラッと手元をのぞき込む。

「うっま……」

 思わずこぼれた言葉に、ルカは視線だけをあげて「ふっ」と勝ち誇ったかのように笑った。ミンスは生意気な少女から視線を外し、描き終わるまで窓の外を眺めた。


「――よしっ! 描けた、どうどう? 上手でしょ」

 数分ののち、ルカが声をあげた。見せてもらうと、本当に上手く、ミンスは言葉が出なかった。口を閉ざしたままの彼に、ルカは「これで探しやすくなるでしょ?」と胸をはる。

「でも、名前はわかんないんだぞ」

 ミンスは不貞腐ふてくされたようにつぶやいた。

「まあ、そこが問題だよね。少なくとも、バイスにはいないよ。他の街には行ったの?」

「王都とギルドアは聞き込みした」


「うーん、そっかぁ。あ、ラルゴー、きてきて」

 少女はラルゴを手招きし、画用紙を見せる。すると、ラルゴの顔が一瞬ゆがんだ。ルカは気づいていないようだったが、ミンスは少しの変化を見逃さなかった。

「この人、ミンスが探してる人なんだけどさ、知ってる?」

「……いや……知らないな」

 明らかに何か知っている様子のラルゴに、ルカも違和感をやっと覚えたようだ。二人は顔を見合わせる。


「知っていることがあるなら教えてくれ」

 ミンスが問い詰めるが、ラルゴは口をつぐむ。再び声をあげようとするミンスを、ルカが右手で制した。

「言いにくいことなら無理に言わなくて良いよ。わたしが勝手に調べるから」

 立ち上がって店を出ようと扉に手をかけるルカに、ラルゴは小さな声で言った。

「その人を探すなら、ガルドレインという男を訪ねてみな」


「誰?」とルカ。

「王都の騎士団長だ。きっともう引退していると思うが」

「そいつからなら情報を得られるということか?」

 ミンスはそう言って、しぶるラルゴをいぶかしげに見つめた。

「俺よりは知っていると思う」

 ラルゴから力ない答えが返ってくる。重い雰囲気が店内にただよう中、ルカは一人明るい調子で手を叩いた。

「じゃあ、そのガルドレインさん? のところへ行きますか!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る