急展開

 小さいころから、ルカがラルゴを「お父さん」と呼ぶと、彼は名前で呼んでくれと念を押した。理由はわからなかったが、辛そうに笑う彼を見ていたくなくて、ルカは「ラルゴ」と呼ぶようになった。そしてルカが七歳になったとき、両親がすでに亡くなっていることを聞かされる。

 当時はすごく驚いたものだが、両親の顔を覚えていないルカにとっては、ラルゴが唯一の家族である。実の親について知りたいとは特に思わなかった。


 けれどまさか、依頼者の恩人が自分の父だったとは。会ったことのない父だが、自分のことを守ってくれたと聞き、自然と涙があふれた。

 ガルドレインから話を聞いたのち、ミンスの護衛であるライムートとコルネリアを連れ、一緒に墓地に向かった。ルカのことを気遣っているのか、三人はあまり言葉を発さなかった。


「……じゃあ、またな、ルカ」

 ミンスたちに見送られ、ルカはそのあとバイスへ戻った。一人で移動するのはこんなに寂しいものなのか、と馬車にゆられながら思う。


 ――それから一週間経ち、思いもよらぬことが起きた。


 なんと、ミンスが王子をやめたのだ。そんなことが可能なのだろうか、というルカの心配は杞憂きゆうだったようで、意外とすんなりいけたらしい。というのも、優秀な護衛騎士がすでに計画を立てていたようだ。

 どういうこと? とルカは思ったものだが、王族なんて自分には関係ないし、まあいいかと気にしないことにした。


 さらに驚くべきは、ミンスがバイスにやってきたこと。それもライムートとコルネリアを連れて。「俺も探索屋として働く」などと、訳の分からないことを言い出すので、ルカはもちろん取り乱した。

「は、え、はぁ!? なんで!?」

「なんか色々楽しそうだから?」

 そう言ってわくわくした様子で話すミンス。後ろにひかえる護衛二人は、苦笑いを浮かべていた。きっと今までも相当振り回されてきたんだろう。


 正直色々突っ込みたいところはあるが、ルカは基本能天気でとても好奇心が旺盛おうせいだ。子どものようにうずうずしているミンスの姿がなんだか面白くて、あっさりと承諾しょうだくしてしまった。

 そんなこんなでどんどん事が進み、武器屋の隣に新しく探索屋だけの店舗を建設。二階はミンスと護衛騎士二人の住居になった。


 そこから早一か月。ルカは店のカウンターに突っ伏していた。

「はぁ……依頼こないかなぁ……」

 元々依頼はそう頻繁にこない。ルカは暇な日々を過ごしていた。ライムートとコルネリアはバイス門警備として働くことになり、本日も朝から仕事に行った。休みの日にはお店を手伝ってくれるが、本当に仕事がない。


「おはよ」

 後ろから声をかけられ振り返ると、ミンスがなにやら大量の紙を手にしている。それをカウンターの上にドサッと置いた。

「おはよ、何それ?」

 ルカが指をさす。


「ライムートがさ、探索屋を宣伝するための貼り紙作ったらどうかって。依頼全然こねーし」

「へぇ~さっすがライムートさん! わたし描くよ!」

 任せてというように、ルカは力こぶを叩いた。

「んじゃ、よろしく。俺は字も絵も下手だからさ。終わったら呼んで」

 ミンスは右手をひらひらとさせ、二階へ戻っていく。まあ、あの画力じゃ紙を無駄にするだけだ。ルカは「はーい」と返事をし、早速どんな構図にするか下書きを始めた。


 そういえば、ミンスはバイスに来てから少し雰囲気が変わった。やっぱり王子という肩書きがなくなったことで、気が楽になったのだろうか。なんだかすごく優しくなった気がする。


 熱中して描いていると、あっという間にお昼になった。台所から良い匂いがただよってくる。ルカのお腹も丁度なった。

「ルカー、飯いるー?」

「いるー!!!」

 ミンスの問いかけに、ルカは即答した。カウンターまでミンスが昼食を運んでくれる。店内で食べるのもどうかと思うが、悲しいことに依頼人が来る気配はない。ルカの隣にミンスも腰かけ、一緒に食事をした。


「んー美味しいっ! ミンスって、料理はできるんだね」

 からかうように言ってみると、ミンスは肩をすくめた。

「ライムートに散々特訓させられたからなぁ。あいつ、全てに本気だから怖いんだよ……それで、貼り紙はこれで完成か?」

 紙の山から一枚ひょいと持ち上げる。

「うん、こんな感じでいい?」

「……ま、いいんじゃね? 相変わらず上手いし。それに、俺は芸術面に関して何も助言はできないから」


 二人は昼食を食べ終えたあと、バイスの街を散歩した。とりあえず知り合いのお店を回り、貼ってもらえるよう頼んでいくことにする。ルカがよく行く食堂にも訪れたが、本日は定休日。店主のロイは店舗の二階に住んでいるので、呼び鈴を鳴らした。

「ロイさん、こんにちは~」

「ルカちゃん、それにミンスくん、どうしたんだい?」


 ミンスもだいぶこの街に慣れてきた。ルカの知人には周知されてきているが、当のミンスは全然人の名前を覚えないから大変である。もうバイスに来て一か月なのだ。いい加減覚えてほしい。


「あのですね、この紙を食堂に貼ってもらいたいんですけど……」

 そうしてルカがおずおずと貼り紙を差し出すと、ロイは「おお!」と感嘆の声をあげた。

「ルカちゃん本当に絵、上手だねぇ。宣伝用かい?」

「はい、なかなか依頼がこなくて」

「了解。お客さんに布教しておくね」

「ありがとうございます!」


 二人が店に戻ると、ライムートとコルネリアが店内を掃除してくれていた。仕事帰りで疲れているだろうに、本当に良い人たちだとルカは思う。

「二人ともおかえり」

「おかえりなさい」

「ただいま帰りました!」

「……ただいま。なんかこのやりとり恥ずかしくねーか?」

 ミンスは一人視線を外し、頭をいた。ルカにとっては普通の会話なのだが、城ではそういうのがなかったのだろうか。


 なんだかそれは寂しいな、とルカは感じた。ラルゴがそばにいてくれたから、こうして今の自分がいるんだ。彼はいつもルカの帰りを温かく迎えてくれる。掃除を済ませ、ルカは隣の家へと駆けこんだ。

「ただいまー!」

「おかえり、ルカ。夕飯できてるぞ」

 血は繋がっていないけれど、ラルゴは大事な家族だ。もっともっと一緒にいる時間を大切にしよう。


 ――翌日、ロイの妻であるリーレが探索屋を訪れた。

「指輪を無くしちゃったの。依頼お願いできるかしら?」

「喜んで!」

 久しぶりの依頼だ。はりきってルカはリーレに両手を伸ばし「探索、開始」と声を発する。リーレの記憶をたどってどんな指輪か確認したあと、バイス全体に意識を向け、探していく。


 ミンスはその様子を椅子に座りながらながめた。

「大丈夫か?」

 いつもより探索に時間がかかっているからか、ミンスがルカを気にかける。

「ちょっと小さいものだからさ……と、あった!」


 家に指輪を届けるとリーレに言い残し、ルカとミンスは走り出した。まだ道に詳しくないミンスはルカのあとを追う。

「あ、あそこ!」

 ルカが指さすと、そこには指輪と一匹の猫。

「……って、ちょっと!」

 猫が指輪をくわえて走っていってしまう。息を切らしたルカはその場にへたり込み「あとは頼んだぁ」と右手を上げて相棒に言った。

「はいよー」

 ミンスは楽しそうに返事をする。


氷壁ひょうへき!」

 猫を囲うように氷の壁が現れ、「にゃー!!!」と猫の鳴き声が聞こえた。

 ルカはのんびりとミンスの元へと歩き、ほいっと投げ渡された指輪をガッシリとつかんだ。無くさないようにすぐさま鞄に入れる。


 氷の壁から猫を開放したあと、二人はリーレの家に向かった。依頼された指輪を渡すと、最高の笑顔で喜んでくれた。この笑顔が見たくてルカは探索屋をやっている。

「よーし、次の依頼も頑張るぞー!」

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