閑話 幼馴染の騎士たち

「たたた、大変です! 兄さん!」


 交替でミンスの見張りをしている護衛騎士二人。今日はライムートが先に睡眠をとる番だったので、横になっていたのだが。バンッとものすごい勢いで扉が開き、目を覚ました。

 眠たい目をこすりながら、むくりと体を起こす。

 コルネリアがひたすら「大変です!」と連呼し、取り乱していた。


 時計を見ると、交替の時間まではあと二時間もあった。あまりの焦りようにライムートは彼女の両肩に手を置く。

「コル、深呼吸。吸ってー、吐いてー」

 コルネリアがライムートの声に合わせて、息を吸い、ゆっくりと吐いた。ライムートが顔をのぞき込むと、落ち着きを取り戻したように一つうなずく。


「落ち着いたか?」

「はい、取り乱しました……」

「いいよいいよ。それで、何かあったのか?」

 コルネリアはライムートの両腕をガシッとつかみ、早口で話し出した。

「み、ミンス様がいなくなったんです!」

「……はっ!?」


 これにはさすがのライムートも驚き、まだ朝早いというのに大きな声を出してしまった。というのも、これまでミンスは深夜に抜け出すことは一度もなかったからだ。いつもライムートが近くにいるのを確認してから脱走し、追いかけられるのを楽しんでいる。


 コルネリアは右手に握りしめていた紙切れを渡した。そこには『一人旅をしてくる』と乱雑らんざつに書かれている。その下手な文字は、どう見ても主のものだった。

「これが机に置いてあって……窓が開いていました」

「あの人は……」

 ライムートは大きく息を吐き出した。この前あんなに自分の想いを語ったというのに、何も伝わっていなかったのだろうか。恥ずかしさで死にそうだ。


 だまったままでいると、コルネリアがおずおずと口を開く。

「と、とにかく、報告しないとですよね」

「あ、ああ、そうだな。しかし、観光目的の一人旅では……ないよな」

 二人でもう一度紙を見る。

「恩人を探しに行ったんでしょうか」

「だろうな」

「でも、王子が一人で出歩くなんて」


 頼って欲しい気持ちがあるが、たぶんミンスにはミンスの考えがあるのだろう。ライムートはミンスとの付き合いが長い。主の考えは聞かなくてもわかると自負じふしている。考えなしに飛び出した、ということはないと信じたい。


 本当は今すぐにでも追いかけに行きたいが、むやみに探しに行ってもすれ違いになるかもしれない。ライムートは妹の頭をなでると、安心させるように言った。

「まあ、あの人なら大丈夫だろう。すぐ戻ってくるさ」


 王宮が騒がしくなり、国王ドーマイオスが起きたことを確認してから、二人は報告にいった。

「何? ミンスが旅に出た?」

 ドーマイオスは眉間にしわを寄せる。

「はい、深夜に抜け出したようです」とライムートがこたえた。

「もうミンスに何を期待しても無駄か。戻ったらまた報告してくれ」

 心底どうでもよさそうに国王は吐き捨てた。

「……かしこまりました」


 二人は退出すると、静かにミンスの部屋へと向かう。

 ライムートは沸々ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じていた。カルシスアの人間は誰一人としてミンスに寄り添わない。


 あのとき、自分の母親が第四王子に対して良い印象を持っていなかったのは、王宮で働く使用人たちが国民に噂を流していたからである。王族としての価値がないことを知らしめるためだ。そうすれば、ミンスが家族との縁を切るとき、その行動は正解だと思われる。

 しかし、なぜあんなにも小さい頃からミンスを嫌っているのか、ライムートは知らなかった。


「兄さん、大丈夫?」

 コルネリアは心配そうに見つめた。

「大丈夫だ」

「でも、ものすごく怖い顔してたよ」

 怖い顔……ライムートは口角を上げて無理やり笑った。すると、コルネリアはふふっと穏やかに笑う。

「今は変な顔です」


 ――二人は王都門に聞き込みに向かった。

 街から出るためには名前や目的を門番に伝えるので、ミンスがどこへ向かったかわかるかもしれない。丁度、門番はコルネリアの先輩だったらしく、深夜当番だった門番二人の名前を教えてもらった。


 その内一人は、ライムートとコルネリアの幼馴染であるアレクだった。彼の実家は小さいころに何回も遊びに行っている。今もそこで暮らしているというので、早速話を聞きに行くことにした。


 呼び鈴を鳴らすと、アレクの母が笑顔で出迎えてくれた。

「あら~ライくんにコルちゃん、久しぶりね~」

「こんにちは、アレクはまだ寝てますか?」

「ええ、でも二人が来てるってわかれば飛び起きると思うわ。入って入って」


 うながされるまま、二人は客間へと案内された。ほどなくして、あくびをしながらアレクが登場する。

「よっ、元気してたか?」

 ライムートは手を挙げて挨拶する。

「はい! ライムートさんも元気そうで」


 ライムートはミンスの専属護衛になってから、アレクと顔を合わせていなかった。男前になったなぁとライムートは微笑む。

「ごめん、仕事で疲れてるだろうに」

 コルネリアが気遣うと、アレクはその優しさに頬を緩ませた。


「二人が聞きたいことって、第四王子様のことでしょう?」

「そうだ、ミンス様はどんな感じだった?」

 ライムートの目は真剣だ。主の安全が第一なのだ。

飄々ひょうひょうとしてましたよ。俺は初めて会ったんですけど、気さくな感じだったし」


「思いつめた感じではなかった?」

 コルネリアも続けて質問する。

「うん、なんかウキウキしていた、かな」

「ウキウキ……」

 ライムートは苦笑した。ウキウキした感じなら、帰ってくる意志はおそらくあるだろう。


「その他はどんなこと話したの?」とコルネリア。

 するとアレクは言いにくそうに、視線を外す。どんな話をしたのだろうか。

「え、えーと、コルネリアを知っているか聞いてみた」

「え? なんでそれを聞く必要があるのよ」

「だって本物の王子とは思わないだろ……」


 そうして少し話を聞いたのち、二人はアレクの家を退出した。

 アレクはコルネリアに話があるというので、少し歩いて三人は広場まで来た。ライムートはアレクの話の内容をなんとなく察してはいるが、コルネリア本人は何も気づいていなさそうである。


 邪魔をしないようライムートは木陰にたたずんだ。

 かすかに聞こえる会話に耳をそばだてる。盗み聞きは良くないとわかってはいるが、自分の妹がなんと返事するかは気になる。

「……話って何?」

 コルネリアが切り出すと、アレクは意を決したように大きく息を吸い込んだ。


「その……俺さ、好きなんだ、コルネリアのこと! だから、付き合ってください!」

 盗み聞きなどしなくても、アレクの大きい声で、周りにいる人たちが「なんだなんだ?」と視線を向けた。コルネリアは注目を受けてもなお、凛と背筋を伸ばし、立っている。


「何回も言ってるけど、アレクのことそういう風に見れないから。ごめん」

 何回も言っている、というところにライムートは引っかかった。アレクが幼い頃から妹のことを好きなのは知っていたが、まさか何度も告白していたとは。


「それじゃ、またね」

 コルネリアがアレクに颯爽さっそうと別れを告げ、ライムートの元に来た。ポカンとしているライムートの顔の前で手をヒラヒラと振る。

「兄さん? ほら、ミンス様のことどうするか、考えましょうよ」

「あ、ああ、そうだな」

 チラッとライムートは幼馴染を見た。その場にうずくまり、号泣している。その姿を小さい子が見て笑っていた……お気の毒に。


「……帰るか」

 主が戻ってくるまでに、今後のことを考えておかなければ。

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