マカロン:あなたは特別な人



 ユーマの話を聴いたトーマは、すぐにある一つのお菓子を思い浮かべる。



 あなたは特別————。

 そんな意味が込められたお菓子、“マカロン”だ。



(こんな事もあろうかと、ちょうど焼いておいた生地があるんだ)


 トーマは、冷蔵庫からタッパーを取り出す。中には、昨日の閉店後に焼いておいたマカロンの生地が入っており、ピンクや黄色、茶色や緑色など、色とりどりのものが所狭しと並んでいた。


 トーマが今回作ろうとしているマカロンは、最も有名であろう“マカロン・パリジャン”だ。

 マカロンと一口に言っても様々な種類があり、ひび割れたクッキーのような見た目のマカロン・ド・ナンシーや、生地にはちみつを加えた食感が特徴的なマカロン・ド・ダミアンなど、マカロンは地域によって独自の進化をげている。


 マカロン・パリジャンは、つるんとした表面に中にはしっとりとしたアーモンドクリーム。砂糖と卵白を泡立てることにより、ふんわりとした仕上がりになった生地の周りには“ピエ”と呼ばれるフリル状の足がついており、間にクリームやジャムを挟んで食べることが他のものとは大きく異なる点だ。



(今回は3種のマカロンにしようか)


 トーマはマカロン生地の間に挟むガナッシュを作るため、冷蔵庫からチョコレートと生クリーム、フランボワーズのコンフィチュール(果物をシロップや香辛料などで煮詰めたものでジャムと似ている)とバター、卵、ピスタチオパウダーを取り出した。


 まず始めに、2つの小鍋に生クリームを沸騰ふっとう直前まで温めて、そこにそれぞれ細かく刻んだチョコレートとホワイトチョコレートを入れる。さらに、ホワイトチョコレートの方にはピスタチオパウダーを加えた。


「これでガナッシュショコラとガナッシュピスタチオはともに粗熱あらねつを取れば完成だ」


 トーマは次に、ボウルを取り出し、そこで常温に戻したバターとメレンゲを混ぜてバタークリームを作り、自家製のコンフィチュールを加えて混ぜていく。


「コンフィチュールフランボワーズはこれで出来上がりだな。ああ、上手くいったようだ」


 ボウルの中の一層鮮やかなビビットピンクのクリームからは、ふんわりと甘酸っぱい香りがただよってくる。一際ひときわ手間のかかるコンフィチュールフランボワーズは、繊細せんさいな作業を好むトーマの得意とするものであった。



 しぼり袋にガナッシュを入れ、タッパーから取り出したピンク、茶色、緑色の生地の裏側にそれぞれ適量のクリームを絞っていく。そして、それをもう一枚の生地で優しくサンドした。

 後はマカロンを皿の上に乗せて、仕上げに粉糖や食用花エディブルフラワーを飾れば完成だ。



「出来たぞ、お客様にお持ちしてくれ」


 トーマは振り返ることなく、見計らったかのように厨房に入ってきていたユーマに声をかける。


「そろそろ出来上がる頃だと思ってたんだ。⋯⋯うん、今回のもすごく綺麗だね」


 ユーマは真白な皿に綺麗に並べられたカラフルなマカロンたちを見つめる。トーマが作ったそれは、食べて無くなってしまうのが勿体もったいないほどに美しい形貌けいぼうであった。



「後は任せたぞ、ユーマ」



「はーい! それじゃあ、行ってくるね」


 ユーマはそう言って、皿をトレーに乗せ厨房を後にした。








✳︎✳︎✳︎







「お待たせしました。こちらはマカロンでございます。右から順にフランボワーズ、ショコラ、ピスタチオのフレーバーとなっております」


 コトンと長方形の皿に美しく盛り付けられたマカロンをリリアーナの目の前に置く。すると、リリアーナは不思議そうに首を傾げた。


「こんなメニュー、載っていたかしら?」



「いいえ、当店のパティシエがお客様の為にお作りしました。どうぞ、マカロンとディンブラのマリアージュをお楽しみください」



「⋯⋯いただきます」


 リリアーナは最初にバラの食用花エディブルフラワーとクリームが乗ったフランボワーズのマカロンを手に取り、一口かじった。瞬間、リリアーナの顔がぱあっと明るくなり、青い瞳がキラキラと輝く。


「⋯⋯っ! サックリとした軽い生地は齧った瞬間にアーモンドの香りがして、濃厚な味わいだわ。それに、フランボワーズの甘酸っぱいクリームにとても良くマッチしている⋯⋯⋯⋯美味しい⋯⋯」


 リリアーナはそう言って、ディンブラをこくりと一口、口に含んだ。



「貴方の言った通りね。マカロンとディンブラはとてもよく合うわ。紅茶の渋みがマカロンの甘さを中和してくれて、いくつでも食べられそう」


 ほうっと息を吐き出したリリアーナは、次はピスタチオのマカロンへと手を伸ばしている。


「お気に召したようで良かった。それでは、ゆっくりとお食事をお楽しみください」


 ユーマは軽く頭を下げ、食事を楽しむリリアーナを邪魔しないよう静かにフロアの定位置へと戻った。




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