恋する乙女は美しい




 ————カランカラン。


 ドアベルが鳴り、1人の若い女性が店に入って来た。

 ユーマはすぐに入り口に向かい、キョロキョロと店内を見回す女性に声をかける。



「いらっしゃいませ。ゼロカフェへようこそ! 何名様でしょうか?」



「ひ、1人です⋯⋯」


 自信なさげに小さな声で話す女性は、ブラウンの髪に青い瞳という、この街ではごくありふれた容貌ようぼうだった。買い物帰りなのだろうか、バゲットやフルーツの入った大きな袋を抱えている。



「かしこまりました。では、お席にご案内しますね」


 ユーマはにっこりと笑って、一人用の席まで女性を誘導した。



「こちらのお席へどうぞ」


 そう言って、猫脚カブリオールレッグが特徴的な白と水色のロココ調のアンティークチェアを引いて女性を座らせる。



「メニューはこちらですが⋯⋯⋯⋯」


(この人、オレたちのだな)


 女性客のようすからそう見抜いたユーマは、密かにほくそ笑む。そして、メニューを吟味ぎんみする女性にひっそりとささやくように語りかける。


「お客さん⋯⋯お名前は?」



「⋯⋯⋯⋯え!?」


 突然のことにビクリと肩を揺らした女性は戸惑いながらも「リリアーナ⋯⋯」と己の名を口にした。



「リリアーナさん、僕の名前はユーマ。⋯⋯突然だけど、リリアーナさんは何か悩んでることがあるんじゃない?」



「なぜ⋯⋯?」


 思いがけない質問に意味が分からないという顔をするリリアーナを、ユーマは翡翠ひすい色の瞳でジッと見つめる。


「貴女を見ていたら分かるよ。僕は、リリアーナさんの力になりたいんだ」


 リリアーナの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。ユーマは自身の容姿が女性を魅了みりょうすることを知っていた。

 ここまで来れば後もう一押しと、リリアーナの手に優しく自らの手を重ねる。



「絶対にここで聴いたことは口外しない。リリアーナさんの秘密は守ると誓うよ。ね? だから僕に話してみませんか?」


 ユーマは妖艶ようえんさを含んだ甘い声音でささやく。

 すると、ぼうっとうつろな青の瞳のリリアーナはおもむろに口を開いた。



「⋯⋯実は————」






✳︎✳︎✳︎






「そんなことがあったんだね」



「ええ⋯⋯」



 話し終わる頃には虚ろだった瞳に光が戻り、リリアーナはハッと我に返る。



「私⋯⋯なんでこんなことを貴方に⋯⋯⋯⋯」



 心底混乱したようすのリリアーナを見たユーマはクスリと笑って口を開いた。


「話してくれて嬉しいよ。じゃあ、僕はこれから紅茶をれてくるね。貴女にぴったりの物を選ぶから楽しみにしてて」



 ユーマはそう言って、パチンと軽くウインクをする。

 未だに困惑しているリリアーナは、少しでも落ち着きを取り戻そうと、テーブルの上に置いてあるグラスの中の水をあおるのだった。







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