マリアージュ:ディンブラ



「兄ちゃーん! 来たよ」


 ユーマは厨房の中にいるトーマに向かって呼びかける。



「わかった。今回はどんな客なんだ?」


 トーマが尋ねると、ユーマはすぐに話し始めた。


「今回は、身分違いの恋に悩むお客さんだよ。積極的になりたいけど、嫌われるのが怖くて臆病になってしまうんだって」


 ユーマは事細かにリリアーナの状況をトーマに説明する。彼女には一切口外しないと言ったが、嘘も方便ほうべんだ。


(正確にオーダーしないと、せっかくのお客さんが無駄になっちゃうしね)


 話し終わるとそれまでユーマの話を無言で聴いていたトーマが口を開いた。


「今回はにするか」







✳︎✳︎✳︎







 ユーマは棚にズラリと並べられた紅茶缶の中から、お目当てのものを探し出し手に取る。

 お菓子作りはトーマの仕事だが、それに合った紅茶を選び、お客様にお出しするのはユーマの仕事だ。



「兄ちゃんの作るアレに合わせるなら、やっぱりコレだよね」


 手に取ったのは、丸みを帯びた金の紅茶缶。


「セイロンティーの中でも高級とされる“ディンブラ”。その中でも、1月と2月にまれたものは“セイロン紅茶の女王”とまで呼ばれ、最高級品とされている。うん、今回のティータイムはこれで決まり!」


 ユーマはすぐに簡易キッチンに移動し、紅茶をれる準備を始める。


「良いものを使うからには全てにこだわるのがオレの流儀りゅうぎってやつ。水はディンブラに一番合うとされている遠い島国から取り寄せたものを使い、それを強火で短時間で沸かす。沸いたら温めておいたティーポットに、茶葉をきっちりティースプーン2杯分入れて⋯⋯⋯⋯」


 ユーマは沸かしたお湯をティーポットへと注いでいく。

 ふわりと鼻腔びこうをくすぐる微かに甘い香り。ユーマはこの瞬間が嫌いではなかった。



「この茶葉は B O Pブロークン・オレンジ・ペコータイプ(最もポピュラーで小さめのよく揉まれた葉)だから蒸らす時間は3分だな」


 ポケットから時計を取り出し時間を確認する。

 出来上がりを待つ間に、ユーマは戸棚に丁寧に並べられたカップの中から、ピンクの花と小さな星が散りばめられている上品なデザインのものを取り出した。


「カップとソーサーは王族も使っている一級品を用意してっと⋯⋯」


 そして、それらをワゴンに乗せ、フロアへと向かう。






✳︎✳︎✳︎






「お待たせしました」


 ユーマはぼうっとほうけているリリアーナの前に、ソーサーと温めた空のカップを置く。そして、右手にティーポット、左手に茶漉ちゃこしを持って、軽く回したティーポットから赤褐色せっかっしょくの紅茶をゆっくりと注いだ。

 すると、ふわりと辺りに濃厚なバラのような甘い香りが広がる。



「わぁ⋯⋯良い香りね」


 香りに惹かれたリリアーナは正気を取り戻し、ユーマを見て言った。


「こちらの紅茶はディンブラです。特に、ベストシーズンにまれたものはセイロン紅茶の女王と呼ばれており、今回はそちらをストレートでご用意しました」



「⋯⋯いただくわ」


 リリアーナは早速カップを持ってコクリと一口飲んだ。


「美味しい⋯⋯⋯⋯」


 ほうっと息を吐き出したリリアーナは、うっとりとした表情になる。



「しっかりと渋みを感じるのに、それでいてスッキリとした味わいだわ。とても良い茶葉を使っているのね。それとも、貴方の腕が良いのかしら?」



「ふふっ。どっちも、かな?」


 リリアーナの賛辞さんじを受けたユーマはにっこりと笑う。


「スイーツが出来上がるまでもう少し時間もありますし、おかわりは如何いかがですか? こちらのシガレットクッキーをお茶請ちゃうけにどうぞ」



「ええ、いただくわ」


 リリアーナはすっかり落ち着きを取り戻したようすで、可愛らしく微笑んだ。








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