リリアーナ編

屋敷メイドの叶わぬ恋(リリアーナ視点)




 アーサー様は誰にでもお優しい————。




 リリアーナは地元の領主であるアーサー・クリントンの屋敷に仕えるメイドである。

 丘陵きゅうりょうに囲まれた場所にある屋敷からは街が一望でき、リリアーナは仕事の合間にバルコニーから見るその景色を一等好ましく感じていた。

 夜になると、城下の街にはオレンジ色の灯りがポツリポツリと浮かび、それはそれは幻想的な風景となってリリアーナの青い瞳に映るのだ。




(今日も遠くからお姿を眺めているだけだったわ⋯⋯)


 あと少しで仕事も終わりというところでバルコニーにやって来たリリアーナは、深いため息を吐いた。

 同期のメイドは積極的な性格で、アーサーの姿を見かけるたびに話しかけている。だというのに、リリアーナは今日もその光景を指をくわえて見ているだけだった。


(そもそも、主人に用も無いのに話しかけるメイドってどうなのよ⋯⋯。きっと、アーサー様もわずらわしく思っていらっしゃるわ)


 嫌われたくない————。

 そう思うとリリアーナの身体は強張って、一歩たりとも前に進めなくなってしまう。けれども、アーサーの笑顔を一時いっときでも独り占めしている同期のメイドに、ふつふつと黒い感情が湧いてくるのだ。



「人のことをとやかく言う資格は私には無いのだけれど⋯⋯。主人を好きになってしまうなんて、メイド失格よ」


 リリアーナは殊更ことさら大きく、深いため息を吐く。

 ポツリと呟いた独り言は夜の闇の中に溶けて消えていった。









✳︎✳︎✳︎







 紙袋を抱えて街の中を歩くリリアーナの目に入ったのは、一軒の古びた洋館だった。白い外壁の可愛らしいその建物は、まるでどこかの国の小さなお姫様が暮らしていそうなお城のようだ。


(ぼーっと歩いているうちに、こんなところまで来てしまったのね)


 人通りの少ない路地にまでいつの間にか辿りついてしまったリリアーナは、大通りまで戻ろうときびすを返す。しかし、ふと目に留まった立て看板にピタリと足を止めた。


「こちらのカフェの食べ物は全てゼロ! カロリーから糖質、お代に至るまでの一切いっさいがゼロです。興味を惹かれた方はどうぞお入りください⋯⋯⋯⋯ですって?」


 リリアーナは思いがけないその看板に目を丸くする。


「こういうのって、普通はおすすめのメニューを書くものじゃないの⋯⋯? 揶揄からかっているのかしら?」


 そう言って、いぶかしげな顔をしたリリアーナは、木の扉にめ込まれているステンドグラスから中のようすをうかがう。

 店内には数人の女性客がおり、お喋りを楽しむ人や本を読む人、黙々と食事をする人など、皆が思い思いに過ごしているようだった。



「⋯⋯⋯⋯このまま帰ってもすることも無いし、少しだけ寄ってみようかしら」


 まだ日は高く、少し小腹が空いていた。それに何よりも、興味を惹かれる文言。



(偶には勇気を出してみよう)


 リリアーナはごくりと唾を呑み、ドアノブに手をかけた。





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