悩める乙女は芳しい



 客足が少なくなる午後3時頃。ユーマがほうきを片手に外の掃き掃除をしていると、俯き加減でこちらに向かって歩いてくる少女の姿が目に入る。



(これはいかにも、って感じだな)


 そう思った時には、おのずと口が動き出しその少女に向かって声をかけていた。



「ねえ、お姉さん。良かったら寄っていきませんか?」






✳︎✳︎✳︎







 カランカランと小気味の良い音がして扉が閉まる。

 学生服を身にまとった素朴そぼくな雰囲気の少女は、興味津々といったようすで店内を見回していた。



「どうぞ、お好きな席へ」


 ユーマがそう言うと、少女は戸惑いながらも日が差し込む大窓近くの席に向かって歩き出す。


 ユーマはそれを見届けてから簡易キッチンに行き、氷の入ったグラスに冷たい水を注ぐ。

 それをトレーに乗せて少女の待つ席まで向かうと、彼女は椅子に腰掛けてちょうどメニューへと手を伸ばしているところだった。


 それを見たユーマは、メニューを開こうとする少女の手を静止するように、そっと己の手を重ねて耳元でささやくように話しかける。


「ねえ、お姉さん。お名前は?」



 ユーマがジッと翠の瞳で見つめると、少女はうろうろと視線を彷徨さまよわせながら、今にも消え入りそうな声で「ダリア⋯⋯」とだけ口にした。



「ダリアさん、か。貴女にぴったりの可愛らしい名前だね。僕の名前はユーマ。突然だけど⋯⋯ダリアさんには今、何か大きな悩みがあるんじゃない?」



「え⋯⋯⋯⋯?」


 ダリアは何故そんなことを聞くのかと言いたげな顔をして、ユーマの顔を凝視ぎょうしする。しかし、このカフェで働いていればそんな反応は日常茶飯事のことなので、ユーマは気にも留めずにぐいぐいと距離を詰めていく。



「沈んだ顔で歩く貴女の姿が気になって⋯⋯⋯⋯ 貴女の力になりたくて、僕は声をかけたんだ。身近な人には言えないことでも、初対面の僕になら話せることもあるんじゃない?」


 ユーマの言葉を聴いたダリアのブラウンの瞳がゆらゆらと揺れる。



「⋯⋯実は————」


 誰かに聴いて欲しかったのだろう。ダリアは少し躊躇ためらった後、おずおずと口を開いた。






✳︎✳︎✳︎







「なるほど⋯⋯。自分が分からなくなって悩んでいる、と。そして、それを誰も理解してくれる気がしなくて苦しいんだね」



「ええ。⋯⋯貴方にも経験ない?」



「うーん⋯⋯。僕にはまだ経験したことない感情だなあ」



「そう⋯⋯⋯⋯」


 ユーマの答えに、ダリアはあからさまに肩を落とす。



「⋯⋯僕には貴女が求める共感をすることは出来ないけれど、この悩みを軽くするお手伝いなら出来るよ」



「どういうこと⋯⋯?」



「ここはカフェだ。カフェと言えば、紅茶やコーヒー、そしてなんといっても美味しいスイーツ。そして、世の大半の女性の大好物といえば甘いもの。ダリアさんも好きでしょう? それらが貴女を苦悩から一時でも解放してくれる」



「⋯⋯⋯⋯女性だからと言って、甘いものが好きだなんて決めつけは安易あんいだわ」


 ダリアは少し面白くなさそうに言う。そんな彼女の反応に、ユーマはクスリと笑って口を開いた。


(これくらいの年頃の女の子は、こうだと決めつけられるのを極端に嫌う傾向があるからな⋯⋯。気をつけなくちゃ)



「根拠ならあるよ。先ほどからコレに貴女の目は釘付けだ」


 そう言って、ユーマはメニューを指差した。そこには『当店おすすめケーキセット』という文字が並んでおり、色とりどりの美味しそうなケーキの写真が載っていた。


 それを見たダリアはハッと息を呑む。自分でも気付かぬうちに目で追っていたのだろう。



「⋯⋯⋯⋯」


 気まずそうに目を逸らすダリアに、ユーマはにっこりと微笑みかける。


「貴女には当店のスペシャルメニューを出してあげる。このケーキなんて目じゃないくらい、とびっきり美味しいものだよ」



「え⋯⋯?」



「そうと決まればまずは紅茶だね! 少々お待ちください、お客様!」


 ユーマはやや強引にそう告げて、驚いた顔のダリアに背を向けトーマの待つ厨房へと向かった。


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