ダリア編

ホントの自分(ダリア視点)




 本当の私ってどこにいるんだろう————。




 ダリアには自分が分からなくなることが多々あった。

 それは、友達と世間話をしている時や恋人と親密な時間を過ごす時、そして家族と食卓を囲む時などによく起こる。


 私は私じゃない、周りの人たちによって形成されている————。

 そんな感覚に一度支配されてしまえば、己の行動が自身の判断によるものなのか、それとも他者に誘引ゆういんされたものなのか。

 考えれば考えるほど分からなくなり、ダリアは頭を抱えた。


 ダリアの意識はふわふわと宙を彷徨さまよっており、覚束無おぼつかない。

 自分がどこにいるのか——立っているのか、はたまた座っているのか、意識しなければ分からなかった。


 誰かに相談しても、そんなものは思春期特有のよくあるものだと一笑いっしょうされて終わるだろう。

 しかし、人にとっては取るに足らない些末さまつなことでも、ダリアにとっては頭の大半を占める重要なことなのだ。



(疲れた⋯⋯⋯⋯。もう、このまま目が覚めなければ良いのに)


 ダリアは今日も祈りながらベッドへと潜る。

 そうして、暗闇の中で瞳を閉じて、自身の意識も闇へと落としていくのだった。







✳︎✳︎✳︎







 学校からの帰り道、ダリアは一人石畳を目で追いながら歩いていた。

 灰色、藍色、黄土おうど色。とがったもの、丸みを帯びたもの。デコボコと何処までも続いていくみち


 全く同じ物は一つとしてないだろう個性溢れる石たちを、ダリアは学校指定のローファーで踏みしめていく。




「お姉さん、うつむいてばかりでは危ないですよ」


 不意に、そんな声が聴こえた。

 ダリアが顔を上げると、ハチミツ色の猫っ毛にエメラルドの瞳の、幼さを僅かに残した顔立ちの男の子がこちらを見ている。



(お姉さんって私のこと? ⋯⋯この人、私と同じくらいの歳頃かしら?)



「⋯⋯少し、考え事をしていて。ありがとうございます」



「⋯⋯⋯⋯」


 ダリアが警戒けいかいしながらもお礼を言うと、その男の子は途端に黙り込んでしまった。

 ジッとダリアを見つめる翠の瞳は、不思議な輝きをまとっており、全てを見透かされてしまう気さえする。気まずくなったダリアは、軽く頭を下げてからその場を去ろうと男の子に背を向けた。



「ねえ、お姉さん。良かったら寄っていきませんか?」


 何歩か進んだところで背中越しにそんな言葉が聴こえ、ダリアは振り返った。


「え⋯⋯⋯⋯?」



 見上げるとその建物は三角屋根のついたちょっとしたお城のような建物で、その男の子はゆったりとした動作で木製の扉を開いた。

 カランカランとベルが鳴り、にっこりとダリアに向かって微笑む男の子。


「さあ、どうぞ。ここは悩める女性の味方、ゼロカフェです。名前の通り、このカフェでお出しする飲食物は全てゼロカロリー。そしてもちろん、お代もゼロです。必ずや、夢のような時間をお約束しますよ」



 ドクン、とダリアの胸が高鳴る。

 不思議な男の子に、一風変わったうたい文句のカフェ。

 そこには、言葉では説明出来ない、惹きつけられるような“何か”があった。


(すごく怪しいけど、それ以上に気になる⋯⋯。もしかすると、何か⋯⋯変えられるかもしれない)


 ダリアは高鳴る胸を押さえ、一歩踏み出した。




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