祓魔師アレクセイ編

祓魔師襲来




 昼下がりの午後、ユーマがいつものようにカフェ近辺の掃き掃除をしていると、1人の男が通りかかる。


(⋯⋯うげっ! もしかして、こいつ⋯⋯⋯⋯)



「失礼、坊や。この辺りで不可思議な噂を聞きませんでしたか? ⋯⋯例えば、ある日突然人が変わったように攻撃的な性格になったり、まるで魂が抜けたように表情が抜け落ち生気を感じられなくなる、とか」


 ユーマのことを“坊や”と呼ぶその男は、いかにも祓魔師エクソシストといった様相で、キャソックという全身真っ黒のドレスのような服装に胸にはロザリオを下げ、手には分厚い聖書をたずさえていた。



「⋯⋯⋯⋯いいえ、知りません。それでは」


 ユーマはきびすを返し急いで扉を開けてカフェに入ろうとする。しかし————


「⋯⋯ふむ。見たところ、ここはカフェのようですね? では、私にもコーヒーを一杯⋯⋯」


 カチャリと銀のフレームの眼鏡を直し、その奥の碧の瞳をギラリと光らせる祓魔師エクソシストの男。



「⋯⋯申し訳ありませんが、このカフェは女性同伴でなければ入ることが出来ません」



 嫌々ながらも立ち止まり、接客のプロとして対応するユーマ。しかし、そんなユーマの内心は雨の日に吹き荒れる嵐のごとくすさんでいた。



「それは残念だ。⋯⋯わかりました、諦めましょう」



 予想とは裏腹に意外にもすんなりと引き下がり、背を向けて歩き出す祓魔師エクソシストの男。徐々に遠くなる彼の姿にユーマはホッと安堵あんどの息を吐いたのだった。







✳︎✳︎✳︎







 そんなやりとりがあった僅か十数分後。人もまばらになった店内に、カランカランと来店を知らせるドアベルが鳴る。



「いらっしゃいませ。⋯⋯って、え⋯⋯!?」



「女性を連れてきました。これで入れますか?」


 先ほどの男が、春先だというのにノースリーブにミニスカートという寒々しい格好が目を引く若い女性を伴って再びユーマの前に現れたのだ。



「ねえ~。なんでも好きなもの頼んで良いってマジ?」



「ええ。神父に二言はありません。お約束しましょう」


 2人の話を聴くに、どうやら祓魔師エクソシストの男が若い女性に声をかけたようだった。


(カフェなんていくらでもあるのに⋯⋯この、うちのカフェへの異常なまでの執着⋯⋯もしかして、オレたちの存在に感づいている⋯⋯? すぐに兄ちゃんに報告しなきゃ!!)



「⋯⋯⋯⋯はい、もちろんです。お席までご案内いたします」


 ユーマは内心の焦りをひた隠し、にっこりと完璧な笑顔を作って手近な席まで2人を案内する。



「ありがとうございます。⋯⋯申し遅れました、私の名はアレクセイ。普段は田舎の教会で神父をしております。出張でこの街に来たところ、連れがいつの間にかはぐれてしまったのです。ですから、しばらくは観光がてら一人の時間を楽しもうと思いましてこちらのカフェに来た次第です」



「え~? それってお兄さんが迷子なだけじゃん?」


 的確に痛いところを突く、派手目の若い女性。しかし、アレクセイと名乗った男は意に介した様子もなく淡々とした口調で返した。


「迷子なのは私ではなく、連れの方なのです。ですから、彼が来るのをここでのんびり待とうかと」



「ふーん? てゆーか、イケメンにナンパされたと思って付いてきたのに、そんな気は全くない感じ?」



「私は聖職者であるからして、女人にょにんつうずることはありません」



「⋯⋯そこまで求めてないんだけど。お兄さんってもしかして天然?」



「天然⋯⋯ですか。初めて言われました」


 ふむ、と顎に手を当てて考える様子をみせるアレクセイ。

 2人の事情などどうでも良いが、兎に角早く食事を終えて帰って欲しいユーマは早々に注文を取りに行く。


「ご注文をお伺いします」



「うーん⋯⋯あたしはパンケーキとココア!」


 最初から目星をつけていたのだろう。迷う様子もなく女性は注文を口にする。対して、アレクセイはじっくりとメニューを吟味ぎんみした後、やや迷いつつも口を開いた。


「私は⋯⋯おすすめのコーヒーとフロランタンをいただきましょう」



「かしこまりました」


 ユーマはそう言って、注文を復唱しぺこりと軽く頭を下げる。

 注文を取り終えたユーマは走り出したい気持ちを必死に抑え、トーマの待つ厨房へと向かうのだった。







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