黒ずきんちゃんのイド
海藤史郎
第1深層-1
目を覚ました。ベッドから起き上がり白色の靴を履くと、ドレッサーの鏡に近付く。
雪色の肌と炎色の唇は、童話のお姫様のよう。海色の瞳と陽色の髪も綺麗で、黒色のヘッドドレスがよく似合っている。
「……私、誰だっけ?」
『君のことは誰より君が知っている』
「!」
男の人の声に振り返る。けれど見覚えのある部屋の中には私以外誰もいない。
気のせいかと思いながら本棚へ向かう。目に留まった本を手に取った。
「『人の無意識は意識の底で繋がっている』……」
本を戻す。このままここにいても、分かることはなにもなさそうだ。
ポケットの感触を確かめ、部屋の扉を開ける。違和感がある廊下を歩き出した。
「――……やっぱり、変」
リビングに着き、呟く。
目覚めたあの部屋は私の部屋だ。けれどそれ以外は違う。見覚えのある物は置いてあるけれど、こんな家は私の家じゃない。
私はどうしてこんなところにいるの?
机の上に置かれている写真立てを見る。両親と祖母かもしれない人物が私と共に笑顔で写っている写真を見つめていると、ペタ、と、音が聞こえた。
音の方へ振り向く。赤く光るなにかの先が見えて――人の形をした影が、私の前に現れた。
顔も服装も分からない影が、じっと私を見つめる。人影は私へゆっくり歩み寄ると、赤く濡れた包丁を振り上げた。
私は弾かれたようにリビングから飛び出した。玄関を目指してひたすら廊下を駆け抜ける。
思わず開いていた部屋に飛び込んで、足が、止まった。
廊下に沿って走っていたのに、どうして――どうして、玄関がなかったの!?
何故か戻ってきたリビングを見回す。鏡が壁に掛けられているのを見つけて咄嗟に駆け寄った。
「私、どうしたら良いの……?」
廊下から足音が迫り――
『彼女は臆病者だ』
――鏡から、さっきの男の人の声が、聞こえた。
『君が迷いそうになったら僕が支える。だから君は君に問い掛け続けるんだ』
迷っている時間はない。私は鏡に向き直った。
「あの影から逃げるにはどうしたら良いんですか?」
『彼女は臆病者だ。いつだって大きな声に怯え、耳を塞いできた』
周囲を見回す。番号が分からない電話。大した音が出そうにない写真立て。鏡は割れた後に私が踏んでしまうかもしれない。
「―――――――――」
影が、リビングに踏み出した。包丁の先から滴り落ちている色に目が奪われる。影が、ゆらり、と、近付いてくる。
――もうこれしかない!
私は影に向かって叫んだ。
「いやあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
影がビクンッと動きを止める。包丁を持ったまま頭を抱えると、ぐねぐねと胴体をくねらせ――声のない絶叫を上げながら、どこかへ駆けていった。
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