最深層-2

 逃げながら探しながら、鏡を見掛ける度に問い掛ける。鏡が紡ぐ不思議な言葉が、私に在りし日の私の姿を見せる。


 ――「どうして私の声を聞いてくれないの?」


 ――「どうして私を見てくれないの?」


 ――「どうして私はこんな目に遭わなくちゃいけないの?」


 ――「どうして、私なの?」


「もうやめてっ!」

 耳を塞いで蹲った。

 怖い音なんて聞きたくない。嫌なものなんか見たくない。好きな人が酷いことをする人だなんて信じたくない。

「どうして、私なの? どうして、私が、こんな……」

 視界が滲む。目を閉じて、全てを投げ出したくなる。


『鍵はいつだって君の中にある』


 弾かれたように顔を上げた。私を見下ろす鏡が、赤くなった私を映している。

『君のことは誰より君が知っている。鍵は秘め物を秘め物にするためにあり、君の鍵は記憶の水底に沈んだ君を守るためにある。

 君はどうしたい? 今の君はなにを望んでいる?』

「わた、し……私は……――!」

 ――赤い記憶が、蘇る。聞いたことのある声と言葉が、見たことのある光景が、その時に抱いていた想いが、泡のように浮かんで、弾ける。

『君の鍵は君の物。君の鍵は君の物しか開けられない』

「私のもの。私だけのもの――」

 弾けていく泡を受け止めながら、思い出す。思い出の欠片を継ぎ接ぎしたようなこの家の中で、唯一の、私だけのものを。

 私はそこへ向かった。浮かんでは弾ける記憶の泡が、空っぽだった私を満たしていく。少しずつ、私が私を思い出していく。


『これは君の物語。他の誰でもない君だけの物語。

 縫い針の道を選び母親を死なせ、狩人に助けられることなく、祖母のように狼に食べられた君の物語。

 君が狼と出会わなければ、道を外れなければ、誰も死ぬことがなかった物語。

 そのまま進みなさい。物語はもう戻れないのだから』


 どれほど過去を忘れても。記憶が空っぽになっても。

 なかったことには、ないのだから。


 私の部屋の前に着く。赤く滴る鍵を、鍵穴に挿し込んだ。鍵が音を立てて回る。

 扉を開けた。

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