最深層-1

 “私”の足は遅くない。それでも狼ほど執拗ではないのか、しばらく走ると“私”の姿は見えなくなった。

 近くにあった鏡を見つめる。

「……鏡さん、あの“私”も、私なんですか?」

『君と彼女は合わせ貝だ。君は彼女と共に生まれ、彼女は君と共に生まれた』


 ――「どうして私の考えていることを分かってくれないの?」


「――!」

 私の声が脳内に響いた瞬間、目の前の光景が切り替わった。

 私が、見える。私の目の前で、私が誰かに暴力を振るわれ、泣き叫んでいる。言葉は聞こえない。聞きたくない。

「っ!」

 光景がぱちんと弾け、我に返る。鼻歌と共に足音が近付いてくるのが聞こえた。

「……」

 私は“私”に気付かれないうちに、この場を去った。

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