第3深層-3

 足を踏み出し、さっきまでいた場所に戻る。

 未だに止まらない水はついにシンクから溢れ出していた。水に沈んでいく台所を後にする。

「――あった」

 私の声に反応しそれが構えられる。引き金を引くタイミングに合わせて棚に隠れると、それは誰もいない場所を虚しく撃ち抜かれた。

 手から離れたそれに近付き素早く取り上げると、水没した台所へ急いだ。




 狼が支配する場を再び踏みしめる。深く息を吸い込むと、心の底に溜まりに溜まった溜まりきったものを吐き出すように叫んだ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

 ――狼が来るのにそう時間は掛からなかった。

 私を見つけた金色と目が合った瞬間、私はそれを構えた。狼が私の方へ駆け出す。私は細く息を吸うと、止めて、引き金を引いた。

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っっ!!」

 狼の声にならない絶叫が発砲音を掻き消す。

 床に倒れ痙攣している狼に近付き、銃口を頭に向けた。

「誰も私を助けてくれないなら、私が私を助けるしかないじゃない」

 狼の声にならない声を発砲音が掻き消す。赤い花が咲き乱れ、床を、私を、赤く染めていく。

 ――銃弾がなくなったそれを投げ捨てた。狼が動かなくなったことを見届け、近くに掛かっていた鏡に振り向く。

 雪色の肌と炎色の唇、海色の瞳と陽色の髪、赤色のヘッドドレスと赤色のワンピース――そんな私の後ろに、お婆さんが倒れていた。

 そこにお婆さんはいないのに。いるのは私が殺した狼だけなのに。

「……」

 お婆さんのお腹の辺りでなにか光っている。

 狼のそばにしゃがみ込むと、血が溢れているお腹へ手を伸ばした。

「………………」

 ぐちゃぐちゃと不快な音がする。生温かさに吐き気が込み上げる。指先の硬い感触を掴み、一気に引き摺り出した。

「――………………鍵?」

 この家から出られる鍵だと直感した。思わず口端が持ち上がる。早速出口を探そうと立ち上がった時、視線を感じた。

 ――そこにいたのは私だった。雪色の肌と炎色の唇、海色の瞳と陽色の髪、赤色のヘッドドレスと赤色のワンピースと赤色の靴の、私。

「ふふっ」

 鏡像の私が、笑った。

「やっと私を思い出してくれた? なにより大切な、“私”」

「……なに、を……言ってるの……?」

 思わず後退る。目の前の私が、私に手を差し出した。

「もう離さない。これからはずっと、“私”は私として生きていくの」

「――っ」

 歌うような言い方に、背筋に冷たいものが走って反射的に逃げ出す。

 “私”が、私を私でなくすために、追いかけてくる。

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