最深層-3
「■■■■、さあ、こちらへおいで」
お婆ちゃんの声に駆け寄った。お父さんが私の肩を引き寄せた。お母さんが私に笑い掛けた。
四人でカメラに笑みを向ける。
――そう、あの時、あの場所にいた。もう一人、写真を撮った人が。
「やっと私を思い出してくれた」
私の部屋の扉から森へ足を踏み出して、振り返る。
私と同じ姿の少女が、家の中から私に微笑み掛けていた。
「“私”ってば、全然私のことを思い出してくれないんだもの」
「……あなたは、どうして、私の中にいるの?」
お母さんは娘の助けを呼ぶ声に耳を塞いだ。お父さんは娘が痛めつけられる光景に瞼を閉ざした。お婆ちゃんは孫娘に激しい暴力を振るった。
全部、私が見てきたこと。そして、私がなかったことにしようと、忘れようとしてきたこと。
でも私は、無意識の底にいた本当の私は、そんな私を赦さなかった。だから私の記憶にこびりついて、忘れようとした私を追い詰めた。
それなら、あなたは?
「あなたは、私が生んだ私じゃない」
「……」
白色のヘッドドレスを赤色に染めた少女が、すっと目を細める。「知ってるくせに」とでも言いたげな瞳に、私は言葉を続けるしかなかった。
「人の無意識は、意識の底で繋がっている。それが生まれる前から一緒にいたのなら、なおさら」
少女が楽しそうに唇を開いた。
「「あなたは、私の片割れ。
私と同じ姿なのに、私のように愛されなかった、私の双子の片割れ」」
同じ声が違う声色で同じ言葉を紡いだ。
少女が嬉しそうに私に笑い掛ける。
「同じ姿なのに“私”のように私を愛してくれなかった家族なんか、私にはいらなかった。
私は双子なの。お母さんのお腹の中で二人に分かれてしまっただけ。だから“私”が愛されることは私が愛されることと同じこと。
でも、あの日、“私”はお婆ちゃんを責めた。『間違った道に進まないで』と泣き叫んだ。そしてお婆ちゃんは“私”にまで手を上げようとした」
「……だから、殺したの? 人の皮を被った狼を」
「そうよ。私が殺したの」
少女が楽しそうに笑う。
そうだ。あの時も、少女はこうやって笑っていた。
「……どうして、殺したの? お母さんも、お父さんも」
「私を怖い場所に送り出して、私に殺しをさせた人達を、どうして私が赦せるの?
だから、私が殺したの」
少女が喜ばしそうに笑う。
そうだ。あの時も、少女はこんな笑みを浮かべていた。
「……私も、殺したかったの? 助けてくれない片割れが、赦せなくなったの?」
「………………………………」
少女が、押し黙る。
そうだ。あの時も、少女はこんな顔で、私を見つめていた。
こんな――心が全て死んだような、無表情で。
「私、“私”と一つに戻りたかったの。
ただ、それだけだったの」
私の片割れが、家の外へ足を踏み出す。
私はその姿を見つめながら、どうすれば良いのか考えていた。
――私は、“私”をどうすれば良いの? どう受け止めれば良いの?
彼女が、私に歩み寄る。
私と同じ姿の、もう一人の私。
彼女は私を抱き締めると、愛おしそうに笑った。
そして――私は選択した。
「――私は私。あなたにはなれない」
彼女の目が見開かれる。
「ごめんね、ウェルス」
背中に突き刺したナイフを引き抜く。彼女が地に倒れ、赤い花びらが私に散った。
「私、あなたの罪を背負えない。だって、私はあなたじゃない。双子でも、無意識が繋がっていても、私の中に死んだあなたが残っていても、私はウェルスじゃない」
彼女が悲しそうな表情で私を見つめる。私はしゃがみ込むと、そんな彼女にもう一度、最初からポケットに入っていたナイフを振り上げた。
「私はワルシュ。ウェルスの、双子の片割れ。
私はもう一度、私の家族を殺したあなたを拒絶する」
ナイフを振り下ろす。赤い花が咲き誇る。花びらが私に舞い散る。何度も、何度も。
「………………………………」
動かなくなった赤い片割れを見下ろすと、虚ろな海色に私の姿が映った。
元は白色だったヘッドドレス。赤色になってもお揃いだったのに、今の私は黒色になってしまった。
黒色は何色にも染まらない――私は、赤色の女の子に、戻れない。
「――帰ろう。私の、現実に」
片割れだったものを抱き締める。失われていく温かさを感じながら、私は自分の頬を抓った。
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