トゥルーエンディング

「おかえりなさい、ミッツェンさん」

 目を開けた。

 カウンセリングの先生は私の顔を覗き込むと、悲しそうに微笑んだ。

「全てを思い出したんだね」

「……先生が鏡を通して、私を導いてくれたから、です」

 祖母と両親と一人の少女が惨殺された事件。その唯一の手掛かりは、記憶を失い廃人のようになった、生き残った片割れの少女の証言だけだった。

「誰が、君達の家族を殺したのかな?」

「……ウェルス、です。私の、片割れの……」

 二人きりの白い部屋の中、私は傍らの花瓶を見つめながら、静かに語る。

「お婆ちゃんとお母さんとお父さんを殺したウェルスを、私が殺したんです」

 先生は優しく私の頭をなでた。

「辛かったね。ごめんね、なにもしてあげられなくて」

 先生の瞳に涙が浮かぶ。

 私はそんな瞳に手を伸ばし――爪を突き立てた。

 先生がなにか叫びながら床に転がる。

「同情なんかいらないの」

 花瓶を手に取る。名前も知らない花がびちゃびちゃと床に落ちる。

「誰も私を助けてくれなかった。狩人も王子様もいない世界では、私達は狼に殺されるだけだった。

 でもウェルスがその童話を書き換えてくれた。人の皮を被っていた狼を殺してくれた。

 だから、私が出来なかったことをやってのけたウェルスが――いらなくなっちゃったの」

 思わず笑い声が零れる。

「鏡像じゃない片割れなんかいらないの。私は私だけいれば、それで良いの。

 だから殺したの。だから同情なんていらないの。だから『ごめんね』なんていらないの」

 部屋の外から雑音が近付いてくる。


「絆創膏を貼って満足されても、傷がなかったことになるわけじゃない」


 花瓶を振り上げた。

「ウェルスに会わせてくれてありがとう、先生」

 最後に笑い掛けると、私は花のない花束で王子様になれなかった人の頭を砕き割った。

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黒ずきんちゃんのイド 海藤史郎 @mizuiro__shiro

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