4話・災いの予言

 翌朝の早朝。ガリエールの王城では、二人の門兵がいつもと変わらない様子で見

張りをしていた。何事もない、いつも通りの朝に、二人は暇そうに欠伸をする。

「……暇だ~」

「まぁ、その方がいいんだけどさ……」

「ん?」

 そんなことを囁いていたさなか、向こうから全身を黒いローブで覆った人物が門

へと歩いてくることに気がついた。見るからに怪しげな雰囲気を醸し出している。

黒いローブの人物は止まることなく、門へと近づいてくる。

「おい、お前! 何者だ!」

 門兵が黒いローブの人物に声をかける。

「邪魔ね、黙ってて」

 そう言ってローブの人物が指をスッと上げると、二人の門兵はたちまち意識を失

ったかのように、深い眠りに就いてしまった。

「……まったく」

 黒いローブの人物は、小さく呟くと、門扉を通り過ぎた。


 不審な人物の侵入は、兵士の修練場で話をしていたノエルの耳にも届けられた。

しかも、黒ローブの人物はノエルとの対面を希望しているらしい。それを聞いて、

ノエルは、城将であるルークとの会話を中断して、進み出た。

「行くのか?」

「ええ、勿論」

 ルークの問いにノエルはきっぱりと答えた。

「何者か分からんぞ。気を付けろよ

 得体の知れない来訪者との対面を迎えるノエルのことを憂慮して、ルークが声を

かけた。

「分かってます」

 そう短く返すとノエルは部屋から出て行った。


「ふあぁぁ~、よく寝た~」

 窓からの光と小鳥の囀りの中、目を覚ましたオーギュストは大きく欠伸をした。

いつもと変わらない朝だが、何やら部屋の外が騒がしい。

「……なんだか騒がしいな」

 部屋の外からは兵士たちの声や騒がしい足音が響いている。オーギュストはベッ

ドから飛び降り、素早く着替えると部屋を出た。廊下の向こうで走っている兵士た

ちの声が聞こえてきた。

「怪しいやつが侵入してきた! 今、ノエル様と対面中だ!」

「なんだって……?」


 朝の光に存分に照らされている大広間でノエルは得体の知れない人物を前にして

いた。

「貴方が宮廷魔術師のノエルね」

 黒ローブの人物がノエルに向かって言った。ローブを目深に被っていて、顔付き

は分からない。ただ紅い口紅だけがローブの陰から覗いていた。

「で? 何の用?」

 腕を組み、怪訝な表情でノエルは問う。

「自己紹介が遅れたわね。私は東の魔女のバルバラ」

「東の魔女って……東の国の?」

 東の国とは名前の通り、ガリエールの東の森に囲まれた地域のことである。森に

囲まれている上、山脈を越えていかなければ辿りつけないため、ガリエールにとっ

ても、近隣の諸国にとっても未開の地といった地域であった。そこには独自の文化

があり、魔女や吸血鬼伝説も存在する、恐ろしい土地だと囁かれている。

「で? 来たからには理由があるんだろう?」

 態度を変えずにノエルが尋ねる。

「そうよ。英雄ジークフリートが倒したという竜をご存知?」

 ジークフリートとはガレリア大陸全土に語り継がれている四人の王子の伝説――

四皇族の伝説に登場する英雄の一人であった。

「……ファーブニル」

 ノエルは顔を強張らせる。

「ご存知のようね。よろしいわ。信じられないかもしれないけどね、その竜の封印

が解け、この国に向かっているのよ」

「……!」

「この国を救いたいのなら、早急に出掛けなさい」

「その話、信じられる証拠は?」

「ないわ。私は魔女。未来を予見する力があるだけ。だから、それを伝えに来ただ

けよ」

 ノエルが眉根を寄せる。

「信じる信じないはご自由に。ガリエール王国がどうなろうと私たちには関係ない。

私たち東の国の民はひっそりと生き続けるだけ」

 そう言い終えると、黒ローブの人物は部屋を出て行った。広い部屋の真ん中で一

人、ノエルは思考を巡らせる。

(ファーブニル……あの魔女のいう事は本当なんだろうか)

 真実であるのだとしても、魔女がわざわざ東から知らせに訪れた意図とは? 本

当に善意だけで報せに来たのだろうか。それよりも、もしそれが嘘の情報であった

ら……? ただでさえ、エルザリアからの侵攻で国内は混乱しているというのに、

嘘の情報に踊らされることなどあってはならない。もしかしたら、エルザリアが魔

女と手を組んで、陥れようとしているという可能性すらある。

 ファーブニルは四皇族の伝説に登場する竜である。伝説の中で、四皇族の一人に

倒されたといわれている。伝説の中の存在、とはいってもそれは実在するといわれ

ており、もしも本当に封印が解けたとなると、国の、いや大陸の一大事である。

(あんな素性のしれない魔女の話をまともに信じる必要があるのだろうか……。け

れど、もしも真実だとしたら……)

 ノエルは一人で思考を巡らす。信頼できる誰かに相談すべきだろうが、師である

ルブラン先生も城将のルークも国内情勢のことで手一杯だろう。

(明日も軍隊は戦争へ出るだろう。手を借りる訳にはいかない。そもそも真実であ

るのかも疑わしい。なら、このことは誰にも伝えず、一人でどうにかするしか……

!)

 ノエルが心の中で決心をしたその時、突然、ノエルは後ろから蹴りを喰らい、床

に倒れていた。

「いたっ! そんなことするのは……王子! いきなり何するんですか!! 人が

考え込んでる時に!」

 ノエルは素早く振り向いて、オーギュストの胸倉を掴む。

「昨日の仕返し」

 オーギュストは悪戯そうに舌を出す。

「は? まだ根に持ってたんですか?」

「それよりも、さっきの話、全部聞いてた。だから俺も行く」

「はぁ? 王子の力なんか借りなくたってこれくらい……」

 ノエルは胸座を掴んでいた手を離す。

「あの魔女……すべてお見通しだったんだ。防衛戦で軍隊は手一杯なこと、ノエル

に話せば使命を果たしに行くだろうこと、それに俺たちも協力するってこと」

「まさか!」

「いくらなんでも竜を一人で倒すなんて無謀だよ。何でも一人で背負い込もうとす

るな」

「……そんなことは……」

「それに俺は親父に認めてもらいたいんだ。竜を倒すほどの力があれば、親父もき

っと認めてくれるはず」

 オーギュストはノエルの肩に手をかける。

「オーギュスト様……」

 そこへオーギュストに少し遅れて部屋に入っていたジャンも言う。

「僕も戦います。そう約束しましたから」

「……ありがとう、二人とも」

 ようやく、二人の好意を受け止めて、ノエルは珍しく安堵したような表情を浮かべ

ながら礼を言った。やはり一人では心許なかったようだ。

「でもさ、あんた戦えんの?」

 オーギュストとノエルの二人が口を合わせてジャンに問う。

「えっ、は、畑仕事で鍛えてたから、多少はなんとかなると思うけど……」

「そうだ。ちょっと待ってて」

 オーギュストはそう言うと、物置を漁りだした。細長い柄の先にシンプルな菱形の

柄の付いた槍を取り出して、ジャンに手渡す。

「ロングスピアだ。これなら初心者でも扱い易い」

「おおっ、ありがとう」

「さ、そうと決まったら支度してさっさと行きますよ!」

 竜を倒すための三人の旅立ちが決まった。

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