第3章・エルザリア遠征
1話・ゲルトの黒騎士
「見えてきましたぜ」
ゲルト城までの案内を務めた盗賊のリューリクが、向こうに見える城塞を指しな
がら言う。オーギュストは強い日差しに目を細めてその城を確認する。見るからに
頑丈そうな城である。城は石で出来ているものではあるが、ガリエール城と比べて
も随分と重々しく厳格な雰囲気を漂わせている。まるで、いかなる侵入者をも拒み
続けてきたような威厳があるのだ。
「ここまで来ればもう案内は必要ありませんね。盗賊である俺がお城に邪魔するわ
けにもいかないし、俺はここで帰らせてもらうとするよ」
リューリクが言う。
「ああ。ありがとう、リュー。助かったよ」
「光栄です、王子。また、いつでも力になります。それじゃお元気で!」
リューリクは手を振りながら、来た道を引き返していった。
「……頑丈そうな城ですね」
そびえる城を見つめながら、ジャンが物怖じするように言う。
「今日は包囲戦に来たわけじゃない。さ、行くぞ」
オーギュストは手綱を引き、馬を進ませる。
その時であった。黒い馬に乗った一人の騎士が行く手を阻むようにオーギュスト
の眼前に現われた。
「!?」
その様子に一行は戸惑いを露にした。
騎士は銀色の鉄甲鎧で全身が覆われており、顔さえも確認できない。黒い馬の騎
士は何も言わずに槍斧を一振りし、決闘を望む仕草をした。
「そこをどいてくれ!」
オーギュストは叫ぶが、相手はそこを動く気配はない。
「王子!」
「王子様!」
ノエルとジャンが庇うようにしてオーギュストの前に進み出る。
「僕らがお相手致します。王子の手を煩わせるまでもない」
そう言って、ノエルは両手を上げ、その掌の隙間に球状の闇を発現させ、得意の
闇の術を発動させる。
「待て」
オーギュストはノエルの腕を掴んで制止した。
「これは騎士同士の戦いだ。手を出すな」
「でも、王子……!」
「決着がつくまで二人は端で休んでいてくれ」
二人は渋々、王子の声に従い、戦いの邪魔にならない端の方へと移動した。
「王子、大丈夫ですか?」
不安そうな声でジャンは横のノエルに問う。
「心配には及ばないさ。王子はガリエールのトーナメントでも優勝してしまうくら
いなんだから」
「そ、そっか……」
そっけないノエルの返答を聞いて、ジャンは改めてオーギュストの方へ目を向
ける。
オーギュストは腰から剣を抜き、構えた。太陽の光が、その白い刃に反射して輝
く。
「行くぞ!」
手綱を勢いよく引いて馬を走らせ、敵に向かって突進していった。相手も負けな
いくらいの勢いで馬を操り、両者の大剣と槍斧が交差した。金属のぶつかり合う音
が鳴り響き、火花が散るほどの勢いで武器を打ち合う。
「くっ……」
思っていたよりも手強いとオーギュストは感じた。相手の装備している槍斧は先
端が尖っており、その上、斧のような刃と鉤が取り付けられていた。その鉤に引っ
掛けられて剣を手から落としそうになってしまう。その上、相手の武器のほうが長
く、間合いが広いのである。
長い衝突が続いた。相手もいくらか疲れてきたようである。そろそろ決着をつけ
たいと思い、オーギュストは一計を案じた。頭の中にイメージを膨らませ、しっか
りと剣の柄を握る。次の衝突が始まると、オーギュストは渾身の力を振り絞り、剣
を振るう。厄介であった鉤状の刃を逆に狙うのである。鉤に剣を引っ掛け、力ずく
で相手の武器を落とすつもりだったのだ。
騎士同士の戦いで武器を失うことは、即座にその試合での敗北を意味するのであ
る。
「……!」
黒馬の騎士もその戦略に気付いたらしく、武器を手放すものかと、腕に力を込め
た。交叉した互いの武器がガチガチと音をたてる。黒馬の騎士は、持っている力を
全て込めて耐えていたが、オーギュストの力の方が勝った。黒馬の騎士は、何が何
でも武器を手放そうとしなかったために、武器もろとも落馬した。
「うっ……」
落ちたときの衝撃で兜が外れ、地面にぶつかる音がした。
「ごめん! 落馬させるつもりじゃなかったんだけど……」
オーギュストは一目散に馬から下りて、落馬した騎士の方へ駆け寄るが、騎士の
顔を見た瞬間、驚愕した。落下の衝撃で兜が取れたために、腰まで届くほどの長い
赤毛が地面に投げ出されていた。苦痛に歪めるその顔は、紛れもなく女性のもので
あった。なんと、先程まで戦っていた騎士は女性であったのだ。
「まさか、女だったなんて……。大丈夫か?」
駆け寄ったオーギュストが声を掛ける。赤毛の女性は上体を起こした。
「立てるか?」
馬から投げ出された相手を気遣って、オーギュストが手を差し伸べる。
しかし、赤毛の女性はオーギュストの顔を睨みつけると同時に、その手を振り払
い、すさまじい剣幕で言った。
「女だからって見下しているの? 馬鹿にしないで頂戴!」
そう言って砂埃を払うと、自力で立ち上がった。
「なっ! そんなこと言ってないだろう!」
その態度に今度はオーギュストが食ってかかる。
決闘の始終を見ていたノエルとジャンが、険悪な雰囲気に気付いて駆け寄ってき
た。
「……貴方たちは何しにここへ来たの?」
赤毛の女性は凛とした態度で問う。よく見ると凛々しくも美しい顔立ちである。
真っ直ぐな赤毛を腰まで伸ばし、髪は切り揃えてある。
「俺はガリエール王国王子、ジャン=オーギュスト=ド=ガリエール。ゲルト王に
謁見を賜りたい」
「貴方が王子? 証拠はあるの?」
高圧的な態度だったが、オーギュストは冷静に応じた。
「これだ」
オーギュストは、鞄から王家の証であるペンダントを取り出して掲げる。そ
を、じっくりと見つめると、赤毛の女性は了承した。
「……本物のようね。いいわ、城内へ案内しましょう」
オーギュストたち一行は彼女に導かれ、ゲルトの城内へ入っていった。城の廊下
を歩きながら、赤毛の女性が口を開いた。
「先程の無礼を詫びるわ。女だというのがばれて、みくびられたと思ってしまっ
て。貴方がとった態度は騎士として立派な態度だったのに……。それに、話も聞か
ず襲い掛かってしまって」
発せられたのは先程の非礼を詫びる言葉だった。どうやら冷静さを取り戻したの
か、女性は申し訳無さそうに言った。
「いや、気にしてないよ。でも、なんで突然攻撃するような真似を?」
「最近、エルザリア兵が西岸から上陸して襲撃してくるの。王都であるここにも兵
士たちがやってくることがあって……。貴方たちはあの黒い騎士とは違うようだけ
ど、武装していたから念のために。私も神経質になっていたみたいね」
意思の強さを感じさせながらも、どこか冷ややかな印象を与える口調であった。
廊下を暫く歩くと一際大きい扉の前で立ち止まった。
「ここが王の間よ」
扉を開き、先導した彼女に続き、オーギュストたちも足を踏み入れる。玉座の手
前は段差になっており、少し高いところに玉座は位置している。王と王妃の二つの
玉座が並んでいるが、そこに座っている筈の王の姿はどこにも見えない。
「……どういうことだ?」
「王は今、エルザリア兵との戦いにむけて野営を張っています。王への話なら娘で
ある私、アーデルハイト=フォン=ワイツゼッカーが承りましょう」
「娘って……」
暫しの沈黙が訪れる。
「ってことはゲルトの王女――!!?」
三人とも口をあんぐりと開けたまま、呆然とした。王子と互角と言えるほどの一
騎打ちを繰り広げた彼女が、まさかこの国の王女であるとは思いもしなかったので
ある。
「なんなの、その反応は?」
睨みつけるような鋭い目で赤毛の王女は三人を見遣る。
「い、いや……まさか一国の王女がそんなに強いなんて……」
うろたえながら王子は返答する。てっきり城の警護をしている女騎士だと思って
いたのだ。
「私は……強くなければいけない理由があるの」
静かな声で王女、アーデルハイトは呟いた。
「え?」
「話を聞きましょう、会議室へ入って」
何もなかったかのようにアーデルハイトは、王の間から通じる会議室へ入るよう
に促した。
会議室は細長い部屋だった。部屋と同じように細長いテーブルとたくさんの椅子
が並んでいて、四人には少し広かった。部屋の奥の椅子にアーデルハイトは腰掛け
る。続いてオーギュストも向かい側に腰掛けた。
「さて、ガリエール王子。王に何の用件があっていらしたのかしら」
「ガリエールもエルザリアの攻撃を受けている。それで俺はエルザリアのジョン王
になんとか侵略をやめさせるためにエルザリアへ向かおうとしている。そこで、ゲ
ルト王の力もお借りしたい」
「……王は今、ハンゲルの南の海岸でエルザリア兵と対峙するため、野営を張って
います。攻めてくる兵の数は日に日に増えているそうで、そちらに対処するだけで
手一杯だとか。しかし、なにか出来ることがあれば、協力はしますわ」
「そうか。なら、新しい装備を貰えないか? ゲルト製の金属武器は質が良いと聞
く」
「ええ、わかったわ。ついでに今日はこの城で休んでいくといいわ」
「有難う」
「あの、王子……」
今まで黙っていたジャンが口を開く。
「こんなに王女様が強いんだったら、一緒に戦えばいいんじゃないかな?」
「それは出来ないわ」
オーギュストの返事よりも早く、アーデルハイトが答えた。
「父は野営で、母もそれに付き添っている。今は私がこの国を守るしかないのよ」
「そうか、良い戦力になると思ったけど」
「……そろそろ夕食の支度をさせましょう。その前に遠征に必要な道具を与えるか
ら従者に案内させるわ」
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