2話・王女の決意

 三人は、アーデルハイトの従者である老婆に案内され、先ず武器庫へと足を踏み

入れた。三人は各々に合う装備を品定めし始める。

「さすが、ゲルト。良い刃だ」

 手にとった剣を眺めながら、満足そうな様子でオーギュストが呟く。

「ゲルトは鍛冶の技術が優れていますからね。ただ、魔術師系の装備は充実してな

い」

 ノエルは自分に見合う武器を探りながら答える。

「こんなもんでいいだろう」

 しばらくして準備が済むと、先程の従者に城内を案内された。

「二階になります。あちらの廊下を曲がった先がアーデルハイト様のお部屋。こち

らが図書室になります。」

「そっちの廊下を曲がった先は?」

 従者が説明を省いた左手側の廊下の方を指差して、オーギュストが尋ねる。

「はあ、あちらはマクシミリアン様のお部屋で御座います」

「マクシミリアン?」

「ええ、この城の長兄様で御座います」

 オーギュストはなにか頭に引っ掛かるものを感じた。

 ――今は私がこの国を守るしかないのよ

 先刻のアーデルハイトの台詞を思い出し、疑問に思ったのだ。兄が存在するのな

らなにも王女であるアーデルハイトがそこまでの意思を固めることはないのであ

る。

「……? 見かけないけど、何処に?」

「……マクシミリアン様は数年前から行方不明なのです」

「行方不明だって?」

「ええ、もう八年も前のことですから、陛下も半ば生存を悲観視しているよう

で……。ですが、アーデルハイト様はまだ、マクシミリアン様がお帰りになるのを

待っているのです。部屋も当時のままにして……」

「そう……だったのか」

「アーデルハイト様は責任感が強く、なんでも一人で背負ってしまう性質ですか

ら……。マクシミリアン様が帰ってくださればどんなに助かることか」

 老婆の従者の目には光るものが窺えた。この年老いた従者は、長年アーデルハイ

トに付き添い、彼女を実の孫のように思っているのだろう。

「王子、さっきから少し不躾ですよ」

 ノエルが王子の横にきて、ひそひそと囁く。

「……あ、ああ。色々と問いただしてしまってすまない」

「いいんですよ。そうそう、マクシミリアン様も幼いながらも武芸が達者でねぇ。

あなたを見ているとマクシミリアン様を思い出すわ。やんちゃだったけどいい子で

ねぇ。アーデルハイト様はいつもそれを追いかけていて……」

「マイアー! 何を話しているの!」

 突如、廊下の奥から責めるようなアーデルハイトの声が響く。

「……アーデルハイト様! すみません……」

「余計なことは言わないで」

 ピシャリと言い放つと、アーデルハイトは自室へと戻っていった。その後は、必

要事項だけを淡々と説明してもらい、客室に案内された。

 三人は久々に寝心地の良いベッドにありつくことが出来、日が昇るまで安眠し

た。


 翌朝、三人は起きて朝食のために大広間へと向かった。既に準備は整えてあり、

三人は席についた。城の者が全員席につくと、食事をとりはじめた。

 その直後であった。一人の下っ端の兵士が扉を荒々しく開け、大広間へ入ってき

た。

「いったい何があったの?」

 その騒々しい様子に若干眉を顰めながら、アーデルハイトはナプキンで口を軽く

拭いた。

「そっ、それが……」

 兵士は息も切れ切れで顔面は青ざめ、只ならぬ形相である。傍から見ても普通では

ない状況であることが見て取れた。

「陛下が、陛下が……、戦地で戦死したとのことです」

 その一言によって、大広間の皆が一瞬石化したかのように静まり返る。アーデル

ハイトは、驚愕のあまり、その顔に一切の表情も浮かんでいない。

「……嘘、嘘でしょ。お父様が……」

 ただ、目を見開き、うわ言のように繰り返している。

「アーデルハイト様! しっかりなさいまし……!」

 アーデルハイトの従者の老婆が駆け寄り声をかけるが、何も聞こえてないかの

ように反応が無い。

「そ、それで……お母様は……?」

 目を見開いたまま、震える声でアーデルハイトは兵士に問う。

「お后様はご存命で御座います。もうすぐ城へ戻ってきます!」

「……お母様、良かった……」

 ようやく、アーデルハイトの顔に少しの安堵の表情が浮かんだ。

「しかし、お后様も陛下が亡くなったショックで身体の調子が思わしくなく……。

帰還は遅れることになりそうです」

「そう、なの……」

 周囲がにわかに囁き始めた。王の死を嘆く声、ジョン王の恐るべき侵攻を不安が

る声。

「大変なことになりましたね……王子」

 オーギュストの隣に座っているノエルも話し始めた。

「ああ……。ジョン王の脅威がそこまで……ジョン王はこの大陸をまるごと征服でも

するつもりなのか? だとしても、エルザリアのどこにそんな兵力が……?」

「それは我々も疑問に思っているんです」

 ノエルの横にいた男が、口を挟んできた。

「エルザリアは小さな島国です。人口も多くなければ、軍事力も昔から高くない」

「……では、何故?」

「実は、不思議なことがあるんだ」

 今度は向かい側にいるゲルトの将軍が口を挟んだ。

「エルザリア軍は黒い騎士を率いてくるんだが、捕虜にした黒い騎士の中に忽然と

姿を消す者がいた」

「姿を消す?」

 眉を顰めて、オーギュストが将軍に問う。

「ある日、捕虜にした者たちをまとめて牢に入れておいたんだ。翌日、捕虜たち

の確認をしてみると、黒い騎士たちの半数ほどが鎧だけを残して蛻の殻になっていたんだ」

「……!?」

「信じられないような話だろうが、こんなことが何度もあった。倒した敵兵の兜を

外したら、既に中は空だったこともあった」

「ジョン王の劣悪な侵略、黒い騎士……エルザリアで何が……?」

 ノエルが呟く。

「これは早いところエルザリアに向かわないといけないな」

 真剣な眼差しで言うと、オーギュストは席を立った。

「早くしないと被害はもっと増えてしまう。ジョン王を止めなければ! 王女、陛

下の仇は討ってくる」

「……待って」

 アーデルハイトが半ば俯き、椅子に座ったまま、広間から出ようとドアへ向かっ

たオーギュストを制止した。

「私も連れて行って」

「え? でも、昨日は……」

「ジョン王……許せないわ。私自身が行かなくちゃ気が済まない」

 顔を上げたアーデルハイトの表情には毅然とした態度が表れていた。

「……わかった。でも城のことは? 王妃様もご病気のようだし…」

「ゾーヴェン伯のフリードリヒに任せます。父も信頼をおいていた人物よ」

 そう言って、席を立ったアーデルハイトの目には深紅の瞳に燃えるような色が灯

っていた。

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