3話・エルスフォードにて

 朝食がすみ、準備を終えると、アーデルハイト王女を加え四人となった一行は、

城を出て、港町ハンゲルへと向かい始めた。オーギュストはガリエールから連れて

きた自らの愛馬に、アーデルハイトもオーギュストと一騎打ちの時の黒馬に乗って

いた。ノエルとジャンの二人は荷物を乗せた馬車に乗っている。

 ハンゲルまではそう遠くなかった。途中、野宿で一泊し、二日目の夕暮れ前まで

にはハンゲルに到着した。

 ハンゲルの宿で一泊し、翌日の船を待った。エルザリアと緊迫した状態のため、

船は休航だということだったが、無理を言って出航してもらうことになった。海峡

を越え、一行はエルザリアの首都エルスフォードに到着した。

 道を歩いている人は少ない。ただ、悪魔のような風貌の黒い騎士が見張るように

町を闊歩している。

「……とりあえず、情報を集めるか」

 異様な雰囲気の町の様子を見てオーギュストが口を開く。

「あそこの酒場なんてどうです? あそこになら人はいるんじゃないですか」

 ノエルの提案によって、四人は酒場のドアを開く。思いの他、人は多くいた。こ

こぐらいしか鬱憤を晴らせる場所が無いのだろう。

「ジョン王は一体どうしちまったんだ。最近の王の行動はさっぱりわからんよ。他

の国に侵攻してどうしようっていうんだ」

「全くだ。少し前までは、良い君主であったのに。前とは人が変わったようだよ」

 人々の話し声が次々に聞こえてくる。

「それにあの黒い騎士、不気味ったらない」

「あの!」

 その会話にオーギュストが割ってはいる。

「その、黒い騎士について教えてくれませんか?」

「俺たちも知らねぇよ。突然、沸くように出てきたんだ。ジョン王が他の国を侵略

すると言い出してから」

「それに、王の奇行はそれだけじゃないわ」

 酒場で働いている女性も近寄ってきて、話しに加わった。

「今まで大事にしていらした一人息子のエドワード王子を突然、謀反の罪で処刑す

ると言いだして」

「ああ、本当に王の行動は解せん。エドワード王子を処刑するなど……」

 酒を口にしながら男は再び王への不満を口にする。

「……そうか、ありがとう」

 オーギュストは礼を言うと、男たちの会話から離れた。

「結局、黒い騎士についてはわからん」

 酒場の隅で見守っていたノエルたちに向かって言う。

「ただ、ジョン王の言動は人が変わったようにおかしくなったようだ」

「どうします、これから?」

 酒場を出たところで四人は会議を始める。

「勿論、王に謁見に行く。そのために来たんだから」

「でも、自分の息子を処刑するくらいですよ? 話なんて聞いてもらえないかもし

れない。下手したら……」

「殺されちゃうかもしれないよ……!」

 ノエルとジャンは謁見に否定的な態度を示した。

「貴方たち、何しにここまで来たの? ジョン王を止める為じゃなくて?」

 アーデルハイトが声を荒げる。

「私はどんな覚悟でも出来てるわ。ここで臆病風に吹かれるくらいなら一緒に行動

する価値も無いわね」

 冷たい口調でそう言うと、アーデルハイトは一人でスタスタと城の方角へ向かっ

て歩き出した。

「……ちょ、ちょっと!」

 オーギュストが慌てふためいていると、今度はノエルが怒声をあげる。

「っ誰がそんな! 行きましょう、王子! あの女に馬鹿にされたままじゃいられ

ません!」

 そう言ってノエルはズンズンと先を歩いていった。

「は~、意外と短気なんだから……」

 オーギュストは呆れたように溜息を付き、ジャンとともに後を追った。


 城門まで来ると、黒騎士が武器を持って見張っている。四人が傍まで来ても何も

言わず、ただ立っている。

「あの……」

 オーギュストが声をかけると同時に、二人の黒騎士は首だけを声の主に向けた。

その様子は不気味であったが、怯むことなく続けた。

「私はガリエール王国の王子、ジャン=オーギュスト=ド=ガリエールです。ジョン王に謁見を賜りたく、ここへ参りました」

 オーギュストは、王族の証である獅子の紋章が刻まれたペンダントを取り出して

見せた。

「帰れ! 何人たりとも通すなという王の命だ」

 地の底から響くような声で、黒騎士はそう告げた。

「でも……!」 

 オーギュストが反論しかけたところで、アーデルハイトが進み出た。

「私はゲルト王女よ! ガリエールとゲルト両国の世継ぎが謁見を申し出ているの

よ! それでも駄目だって言うの?」

「……帰れ!!!」

 黒騎士は禍々しい武器を向け、五臓六腑に響くような身の毛もよだつ声で告げ

た。

「……王子」

 後ろからノエルがオーギュストの袖を掴む。

「中に、たくさんいます」

「は?」

 唐突なノエルの言葉に王子は素っ頓狂な返答をする。

「闇の中から……たくさん生まれて……、あの黒い騎士が」

 俯くようにしたまま、ノエルはまるでうわ言のように話す。

「なんでそんなことがわかる?」

「気配がするんです。邪悪な……でもどこか懐かしい」

 ノエルは青い顔でそう告げた。

「……ノエル?」

 眉間に皺を寄せながらも、不可解なことを言うノエルのことを心配そうな顔で見

つめる。そして、アーデルハイトの方へ向き直った。

「アーデルハイト、強行突破は得策でない。ここは一旦引こう」

「……わかったわ。私だって城を真正面から突破するほど馬鹿でも無謀でもない

わ」


 その晩は、エルスフォードの宿に泊まることになった。オーギュストはノエルと

ジャンと同じ部屋で、アーデルハイトは別室で休んでいた。今はそれぞれくつろい

でいる時間帯である。ふと、先程の出来事を思い出してオーギュストが問う。

「ノエル、大丈夫か?」

「はい?」

「さっき、城の前で様子が変だったから……」

「もう大丈夫です。何故か、黒い騎士の存在を感じてから、急に変な感じがして……」

「疲れているのかもな。とりあえず、ゆっくり休もう」

「王子こそお疲れでしょう。ジャン! 早くベッドの準備して!」

「な、なんで僕が~」

 三人は眠りについた。夜も更け、窓から見える空の色が漆黒に染まった。

 ――我が兄弟よ

 頭の中で声が響く。城の前で聞いた黒騎士の声のような体の奥底から響くような

声。

 ――我らが主の意思に目覚めるのだ、兄弟よ……

「……う、うう……」

 魘されてノエルは目を覚ました。

 勢いよく上体を起こすと、暑くもないのに、体中に汗をかいていることに気付

く。咽喉も酷く乾いている。

(きょう……だい……?)

 心臓が激しく脈打っている。呼吸が荒く、音を立ててゼエゼエと息をしている。

(僕には兄弟なんか……)

「んー……」

 その様子を感じ取ったのか、隣のベッドのオーギュストも目を覚ます。眠そうな

目を擦りながら、オーギュストは上体を起こし、ノエルの方へ身体を向ける。

「……どうしたの?」

「なんでもありません……。なんでもないですから。王子も早く寝たほうが……」

「そう」

 相当眠かったのか、そう言うと王子は布団を被り、また眠りについた。ノエルは

それを見届けてから、しばらく横になっていると、何時の間にか眠りに落ちてい

た。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Re:verse Chronicle【 リバース クロニクル】 空見 青 @aosorami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ