2話・盗賊と王子(後編)

「はぁ、崖かぁ……」

 ノエルが息を吐く。あれから、まっすぐに歩いてきたものの、そり立つ崖に突き

当たってしまった。他にアジトの場所の見当がつくわけでもなく、途方にくれてい

た。

「ああ、王子の身に何かあったら……」

 王子のことになるとノエルは途端に気丈さを失うようだ。

 しかし、こうしてもいられない。ジャンは崖にもたれながら、考えを巡らす。ふ

いに、背後が揺れて、ジャンは驚きの声をあげる。崖から身を離すと、なんとその

部分の岩が扉のように開いたのだ。

「これって、まさか……」

「盗賊のアジト?」

 二人は唖然とする。どうやら、崖のどこかを押すと入り口が開く仕組みになって

いたらしい。ジャンが寄りかかったことにより、偶然に開いてしまったようだ。

「でかした、ジャン」

「行こう!!」

 ジャンが突入しようとすると、ノエルが肩を掴んでそれを制した。

「ちょっと待って、ジャン。王子がそう簡単に掴まるはずない。相手は数的有利だ

ったんじゃ?」

 活路を見出した所為か、ノエルは少し落ち着きを取り戻したらしい。

「う、うん」

「なら、このままノコノコ行っても僕たちも捕まるだけ」

「何か作戦が?」

 ジャンが尋ねる。

「一人が故意に音をたてて、敵を少しずつ誘き出し、それを叩いていく」

「そんなにうまくいくかなぁ……」

「あんまり自信はないけど、見たところアジトは狭く入り組んでるようだし……」

「……で、敵を誘き出すのって?」

 もしや、と思いジャンは顔を顰める。

「勿論、ジャン、お前だけど?」

 予想が的中してジャンはがっくりと肩を落とす。

「じゃあ、僕はここで待機してるから、少しずつ誘き寄せてきて」

「……へーい」

 頭ごなしなノエルの態度にジャンは渋々了解し、アジトに足を踏み入れる。

 アジト内は薄暗く、松明の明かりだけで足下が照らされていた。道は狭く、蟻の

巣のように入り組んでいるようである。道を少し進むと、盗賊が一人、奥の道に見

張りのように座っていた。

(あいつを誘き出さなきゃ……)

 ジャンは落ちている小石を拾い上げ、壁に打ち付けた。

「誰かいるのか!?」

 その音に反応して盗賊は立ち上がり、辺りを見回す。そして、その視線がジャン

の姿を捕らえた。慌てて、ジャンは入口の方へ一目散に走る。

「待て!!」

 盗賊がすごい勢いで追いかけてくる。

「ひぃ~~~!!!」

 ジャンは怯えながらも思い切り走った。そして、洞窟の出入り口付近まで来た。

「ノエルさん!!」

「ああ」

 盗賊の手があと一歩で迫るというところで、ノエルが暗闇から姿を現し、術を発

動させた。

「賊め、覚悟しろ!」

 ノエルは冷たい瞳で鋭く言い放つと、容赦なく術を浴びせた。間近で術を喰らっ

た盗賊は、一撃でその場に倒れた。

(そ、そうとう怒ってる……)

 ジャンがその様子を見て、肩を震わせたのを気にも留めず、ノエルは軽く言っ

た。

「ま、こんな感じで進むよ」


「何をするつもりだ?」

 満足に身動き出来ないオーギュストの目の前に二人の盗賊が立ちはだかってい

る。その奥で盗賊の頭領が、指示を出す。

「やけに質素な身なりだが、王子なら貴重品の一つや二つ持ってるだろ。探し出し

て奪え!」

「だとよ。調べさせてもらうぜ」

「なーに、大人しくしてりゃ、優しくしてやるよ」

 そう言って、盗賊は歩み寄ってきた。頭領はというと、意地の悪い笑みを浮かべ

ながらただ見ている。

「はなせよ!!」

 盗賊の手を振り切ろうとするが、無駄な試みに終わった。

「暴れんなよ。手荒くするつもりは無いんだからよ」

 ゴツゴツとした手が身体をまさぐり、ポケットから一つのペンダントを取り出し

た。獅子の紋章が描かれた、朱色のペンダントである。

「おっ、やっぱり持ってんじゃねーか」

「やめろ! それを返せ!!」

 奪い返そうにも、文字通り手も足も出ない。盗賊はそれを、頭領に手渡した。

「獅子の紋章ねぇ。もしかして、王族の証かなんかかい?」

 頭領は、ペンダントの鎖の部分を持って、ペンダントを揺らしながら見つめる。

「王族……ねぇ」

「大事なものなんだ。俺に出来ることなら何でもするから……」

 オーギュストは必死に懇願した。何か活路を見出さなくてはと考えた。盗賊相手

に交渉を行うことを考えたが、しかし、いったい何を交渉材料にすればいいのだろ

うか。しかし、その願いはあっさりと断ち切られた。

「嫌だね。俺はお前らのような連中を恨んでるんだぜ?」

「……どういうことだ?」

「俺は十二年前、この地で起きた戦争で家族を失い、孤児となった。俺だけじゃな

い。ここにいるヤツらみんなそうだ。国の勝手な都合で親を亡くし……、生きるた

めに盗みをはたらいてきたんだ」

 オーギュストはそれを聞いてハッとする。

「誰にも助けてもらえず、生きるためには何でもしてきた。まぁ、お城で大事に育

てられた王子様にゃあ、俺らの苦しみなんかわかんないだろーな」

「そんな……」

 オーギュストが小さく呟く。

「戦争で親を亡くしてどうしようもなくて、盗みを……?」

 考えたことも無かった。十二年前の北国との戦争が終結してからは、争いもなく

平和であると思っていた。しかし、そんな平和の影に、戦争の傷跡を負って生きて

いる者がいるなど思いもしなかったのだ。

 自分が城で退屈だと不平を漏らしている間も、苦しんでいる者がいるなど考えた

こともなかった。オーギュストは自分の無知さを恥じた。

「……ごめん。そんなこと考えたことも無かった。王子なのに……誰よりも民のこと

を考えなきゃいけないのに、目に見えないところで誰かが苦しんでること……気付

きもしなかった」

 頭領はフン、と鼻を鳴らす。

「そんな白々しい芝居が通じると思ってんのかよ」

「頼む……! どうしても行かなきゃならない理由があるんだ!」


 その頃、少しずつ盗賊を倒しながら進んだノエルとジャンは、アジトの部屋を一

つ一つ調べていた。

「……ここにもいない」

 息を切らしながらノエルが呟く。いつもの様子からは想像も出来ないほど、ノエ

ルは取り乱している。その様子を見て、ジャンが口を開く。

「本当に王子のことが大切なんですね」

「……」

 短い沈黙の後、ノエルは淡々と語りだした。


 ノエルは十八年前、ガリエールの貧民街で生を受けた。

 娼婦の不義の子として生まれ、周りの大人たちから蔑まれて育った。こうした態

度の影響からか、子供たちからも罵られ、苛められた。

 しかし、ある時、ガリエール城の術師ルブランに才能を見込まれ、宮廷に入るこ

とになったのだった。王は、宮廷入りの許可を出したものの、その目は下賎な者を

卑下する目であった。生まれの低いノエルが城に仕えることに、王は不満を持って

いたのだ。ルブランの説得に負け、仕方なく許可を出したようなものだった。

 宮廷入りしてしばらくは、女中がしきりに陰口を言っているのもノエルは耳にし

ていた。偏見の厳しい宮廷内ではノエルは常に差別の対象であった。

 初めて王子と対面することになった時、王子もきっとあの目をするだろう――そ

う思っていた。

 ――でも……

 王子はにっこりと笑って、手を差し出してくれた。親も見せてくれなかったよう

な優しい笑みで。あんな暖かい笑顔を向けられたのは初めてだった。

 大人たちの偏見を持った態度は、自然に子供たちにも伝染するもの。村の子供た

ちがそうだったように……。

 でも、王子はそんな環境にいても何の偏見も持たず接してくれたのだった。その

様子を見て、王を始め、周りの大人たちも次第に態度を改めていくようになってい

った。

 それから、ノエルはオーギュストを慕うようになった。オーギュストの笑顔に救

われたのだ。


「だから、王子は僕にとって命よりも大切なんです。王子がいなければ、生きてる

意味も無いくらい……」

「へぇ、そんなことが……」

 ジャンはノエルがオーギュストを慕う理由を初めて知り、納得したような表情を

見せた。

「さぁ、こんな無駄話してる暇はなかったね。行くよ!」

 ノエルは、自ら話を切り上げて駆け出した。ジャンもそれに着いていく。

「! ここが最後の部屋だ」

 見ると、最も奥まった場所に他のものよりも大きな扉がある。ノエルは、その扉

に耳を寄せて中の様子を探る。

「話し……声? ここに王子が……?」

 そして、次の瞬間、勢いよく扉を開けていた。

「王子!!」

 扉を開けて唖然とした。

 目に飛び込んできたのは、オーギュストと盗賊の頭領が楽しそうに杯を交わして

いる光景だった。

「そーだよな!」

「いやー、お前話のわかるヤツじゃねーか、いいから飲め!」

 地べたに座り込みながら、そんな会話を交わしている。

「……は?」

 胸が張り裂けそうなほどに心配していたノエルは、その光景に思わず、言葉を失

って佇んでいる。

「ん? 誰だおめーら」

 盗賊の頭領が、その場に立ち尽くしているノエルとジャンの姿に気付く。

「あれー? ノエル! ジャン!」

 ようやく気付いたオーギュストが緊張感の無い声を出す。

「『あれー?』じゃないでしょう! 何してるんですかこんなところで!!」

 緊張の糸が切れて、ノエルが掴みかかる。

「どれだけ心配したと……無事で良かった」

 そう言って、そのままオーギュストに抱きつき、肩に顔を埋めた。その目が水分

を含んでいる。真剣なノエルの様子を見て、オーギュストは自分が捕らわれていた

のだという事実を今更ながら思い出した。自分の浅はかな行動で、二人を心配させ

てしまったことを反省した。

「心配かけて本当にゴメン。ありがとう。ノエル、ジャン」

「あんたの仲間か?」

 盗賊の頭領が、訝しげにその様子を見ながら言う。

「あ、うん」

 オーギュストから身体を離したノエルが口を開く。

「説明してください! どういうことです? なんで盗賊と酒盛りなんかしてるん

ですか!」

「えーと、実は……」

 オーギュストが事の成り行きを語り始めた。


『頼む……! どうしても行かなきゃならない理由があるんだ!』

『理由? 言ってみろよ』

 王家の証であるペンダントを奪われた直後の会話である。

『エルザリアへ行ってジョン王の侵略をやめさせるんだ! 四皇族みたいに!』

『四……皇族?』

 少しの間の後、盗賊の頭領は突然笑い出した。

『あははははっ! バカかお前!』

『な、何が可笑しい!』

 腹を抱えて大袈裟に笑う盗賊に、オーギュストは声を荒げた。

『四皇族なんて作り話だろ? あー、お腹痛い』

『嘘だ。四皇族所縁(ゆかり)の地だってあるんだぞ』

『そんなの伝説をもとに後付けしただけだろ?』

 返された反論に、ますますムキになる。

『作り話なんかじゃない! ジークフリートの剣だって持ってる! 俺は彼らに憧れてここまで来たんだ!』

 盗賊は、オーギュストを少しの間見つめたかと思うと、オーギュストの後ろに回

り込んで、縛られたままの腕を引っ張った。

『うわっ!?』

 何をされるのかと慌てたオーギュストだったが、気付くと腕にきつく縛られた縄

が解かれていた。自由になった両腕を振りながら、オーギュストは信じられないと

いうような面持ちで盗賊の頭領に尋ねた。

『解放してくれるのか?』

『ん? 捕まってた方がいいのか? なんならまた縛ってやるけど?』

 盗賊はにニヤリと笑いながら言う。どうやらからかっているようだ。

『違う!!』

 またムキになっているのを見て、盗賊の頭領は面白いと思いつつも、表情を戻し

て答えた。

『なんか誤解してたかなって。王族のこと、身勝手で傲慢なヤツばっかりだと思っ

て毛嫌いしてたけど……あんたを見てると、あんたはそんなに嫌なヤツでもないのかなって。それに、ガリエールを救うために旅してるんだろ? 俺はもう昔のよう

な戦争はたくさんだ。あんたが、ガリエールに平和を取り戻してくれるってんなら、それに賭けるぜ』

『ああ。任せてくれ』

『そうそう。昔は俺も四皇族の話、信じてたんだぜ』

 頭領は言った。

 ――でも、戦争で母を亡くし、独りになった時から、生きる希望とともに信じる

心も忘れてしまっていた。

『……あんたを見てたら、また何かを信じてみたい気持ちになったぜ』

 頭領はオーギュストに向かってそう言った。

『小さい頃はロランに憧れて、母さんの赤い服をマントに見立てて、枝を振り回し

たりしてたな』

 懐かしそうな顔で、頭領が呟く。その表情はどこか晴れやかだ。

『俺も! 親父のマント持ち出して怒られたりしてた』

『あははっ! お前もかよ! 物語の本なら台詞も空で言えるほど読んだし』

『そうそう! 何だ、一緒じゃん!』

 もともとは盗賊の頭領も四皇族に憧れていたのだった。何時の間にか話に花が咲

いていた。

『なんだよ。気が合うじゃん。まー、座って話そうぜ』


「……っていう訳なんだ」

 事情を説明すると、ノエルとジャンの二人は、聞き終えた後もなおポカンとして

いた。

「盗賊とまで打ち解けるなんて、さすがというか、なんというか……無事だったか

らいいんですけどね」

 ノエルが半ば呆れたように溜息を吐く。

「こいつはそんなに悪いヤツじゃない。孤児で生活に困ってたから、盗賊をしてた

だけで……」

 オーギュストが庇うように、ノエルに事情を説明する。

「そうだな……。ゲルトに通じる関所の門兵をやらないか? 確か人手が足りなか

ったはずなんだ。そうすれば、もう盗賊なんてやらずにすむだろう?」

「お、俺らに仕事をくれるのか!?」

 盗賊の頭領が身を乗り出して言う。オーギュストのその提案に、ノエルは反発し

た。

「王子! こいつらは王子を攫ったんですよ! その上、陛下に身代金を要求しよ

うとしてたらしいじゃないですか!」

 盗賊が身代金目当てで王子を攫ったことはジャンから聞いていた。ジャンも頷く。

「門兵の仕事を任せてくれるのならもう盗みはしない! 誓ってもいい」

 盗賊の頭領が言った。嘘を言うようには見えない真っ直ぐなその目を見て、ノエ

ルはたじろぐ。

「これから先、王子に忠誠を尽くすことを誓います」

 盗賊は跪いて、オーギュストの手を握った。騎士が主君に忠誠を誓う仕草で決意

を示したのだった。

「……よろしく。そう言えば、名前を聞いてなかったな」

「俺はリューリク。みんなリューって呼んでますぜ」

「そうか。ありがとう、リュー。これからよろしく頼む」

「ええ、お任せください」

 膝をついたまま、恭しくリューリクは言った。そして一つの提案をした。

「そうだ。ゲルトまでお送りします。ここらへんの地理には明るいんで」

「本当か!?」

 オーギュストは喜んで道案内を頼んだ。その様子を見て、ノエルは盗賊まで手懐

けてしまうオーギュストの人徳に改めて驚愕した。

(ま、そこがいいところなんですけどね)

 心の中でノエルは呟いた。

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