第2章・盗賊と王子

1話・盗賊と王子(前編)

 晴れやかな日だった。一行は草の茂るなだらかな道を進む。何時間か馬を走らせ

たところで、オーギュストは視界の先に泉を見つけた。

「二人とも、あそこで休憩しよう!」

 三人は木々の茂る草地に足を降ろす。草の感触が涼しげで心地が良い。

「ノエル! ちょっとあたりを見てくる!」

 やはり持ち前の冒険心が働いたのか、上擦った様子でオーギュストはノエルに声

をかけた。

「僕も!」

 ジャンも乗り気なようだ。

「え、ちょっと、王子……!」

 ノエルが返事をしようとした時には、既に二人の姿は木立の向こうへと向かって

いた。

「……遅かったか。あんまり遠くに行かないで下さいよー!!」

 聞こえるかどうかわからないが、とりあえず叫んで釘を刺しておく。やんちゃ盛

りの子供を見守る親のような気分になり、ノエルは溜息をついた。


「おっ、おいしそーな木の実、発見!」

 掌に収まるほどの大きさの黄色い実を見つけて拾い上げる。二人は森の方に入り

込んでいた。

「王子さまー! こっちにもたくさんありますよー」

 ジャンが叫ぶ。オーギュストが近づこうとしたその時、ふと、後ろの低木から微

かな物音が聞こえた。不審に思い、咄嗟に振り向くと、背後から五人の男が姿を現

わした。その服装からして、到底、身分の良い者とは思えない。

「あんたら、旅の者か? 金目のものを出しな!」

 案の定、男たちの口から放たれた言葉は、強奪を目的とするものであった。

「盗賊!? そうやっていつも、旅人を襲っているんだな? そんなことは俺が許

さない。戦うぞ、ジャン!」

「うん!」

 二人は戦闘態勢に入る。

「やるつもりか? おとなしく金品を出した方が身のためだぜ?」

 一人だけ離れたところで腕を組んでいる、朱色の布を頭に巻いた男が言う。どう

やら、この一味の頭領のようだ。見た目からすると、オーギュストとそう年齢は変わらないであろう少年である。

 頭領の言葉を受けて、一人の小柄な盗賊が、オーギュスト目掛けて素早くナイフ

を持って飛びかかる。

 しかし、切りつけられるより早く、オーギュストは盗賊の腹を蹴り上げていた。

盗賊が地面に倒れもがくのを見て、一息つく。だが、その隙に背後に大柄な盗賊が

忍び寄っていた。そして、その手に持った棍棒を振り下ろそうとする。気配を感じ

取ったオーギュストは、想像を絶する身のこなしで回し蹴りをかわした。

「さすが!」

 巨大な体躯が声をあげて倒れるさまを見て、ジャンは感服する。オーギュストの

戦いっぷりに見惚れていたジャンのもとに、一人の盗賊が不意打ちを食らわせよう

と近づく。

 勿論、ジャンも油断していたわけではない。盗賊の剣を槍の柄で受け止めると、

槍を振り回して打ちつけた。

 ところが、まだ死角に潜んでいた盗賊がいた。しかも、そいつは飛び道具――小

型の投げ槍を構え、狙いを定めていた。

「!」

 オーギュストがそれに気付き、まだ応戦しているジャンを助けようと駆け寄ろう

とする。だが、身体が突然押さえつけられ、身動きを封じられる。

「うわっ!」

「ナメた真似してくれたじゃねーか」

 先程、回し蹴りを喰らわせた大柄な盗賊が立ち上がって、オーギュストを羽交い

絞めの状態にしたのだ。

「王子さま!」

 ジャンが思わず叫び声をあげる。

「……王子様? へぇー、もしかして、あんたオーギュスト様?」

 戦いを見ているだけだった、頭領らしき人物が口を挟む。しまった、と口を抑え

るが、言った後ではもうどうしようもない。ジャンは自分の発言を悔いた。

「こりゃいいや。陛下から身代金をとるとしよう! さぁ、引き上げるぞ!」

 盗賊たちは、王子を捕らえたことで満足し、ジャンにはもう興味を示さなかっ

た。さすがのオーギュストも、大柄な男に押さえつけられては、手も足もでないよ

うだった。暴れてはいるものの、虚しい抵抗に終わった。

 圧倒的に分が悪くなったが、捕らえられた王子を目の前にして、ただ見ているわ

けにはいかない。

「王子さまをはなせっ!」

 ジャンは、猪のごとく、引き返そうとする盗賊の頭領目掛けて突進した。だが、

その必死の抵抗も、カウンター攻撃によって、呆気なく終わった。腹を殴打され、

ジャンはずるずると倒れた。

「ジャン! ……くそっ」

 草地に顔をついた友人の姿を見て、心配すると同時に、悔しさとやるせなさが込

み上げる。

 ――せっかく遠征を任されたというのに。人質として捕らえられて、どんな顔で

父上に会えばいいんだ。いや、こんな形でガリエールに帰れるものか。絶対に嫌だ……!!

 直後、オーギュストは自らを捕らえる腕に勢いよく噛み付いていた。堅い皮膚を

引き千切らんばかりの力に、巨漢は叫び声をあげる。その太い腕が振り払えるかも

しれないと感じた瞬間に、目の前にナイフを突きつけられた。

「そこまでだ」

 ジャンを殴り倒した頭領だった。結局、腕をきつく縛られ、アジトへと担ぎ込まれることになった。


「王子が攫われた!?」

 さっきまで静かに本を読んでいたノエルが、豹変して大声を出す。

 目を覚ましたジャンが、馬車まで戻り、ノエルに王子が攫われたことを報告した

のだ。

「……で、ジャン。お前は何をしてたんだ?」

 言葉は静かだが、ジャンの目にはノエルの背後に地獄の業火がたぎるのが見えるようだった。

「たっ、戦ったけど負けて……」

 オーギュストのことも相当心配だが、今は正直、目の前のノエルが恐かった。

「この役立たず! 命に代えてでもお守りするべきだろうが! とにかく、王子を

助けに行くぞ!」

 厳しい口調で一喝すると、ノエルは態度を切り替えた。

「う、うん!」

 ジャンも慌てて返事をした。すぐさま二人は捜索を始める。

「……とは言っても、場所がわからないな。王子が攫われたのはこの辺?」

「うん」

 黄色い木の実を拾っていた地点でウロウロしながら、二人は途方にくれていた。

「あっ!」

「ん?」

 ジャンが何かを見つけ、少し離れたところまで駆け寄ると、しゃがみ込んだ。

「これ、王子がとってた木の実! あっちにも……」

 数メートル先にも同じ木の実が落ちている。

「王子が落としていったのかも!」

 ジャンが言う。

「かもしれないね。この上にはこの実がなる木は生えてないし……」

「でも、これしかないみたい。二個しか持ってなかったんだね」

「う~~ん、困ったな……」

 ノエルが考え込む。

「とりあえず、来た方向とこの実の延長線上を歩いてみるか」

 他に方法も浮かばず、とりあえずノエルの提案で延長線上を歩いてみることにし

た。

「王子様……どうか、ご無事で」

 ノエルは悲痛な面持ちで一人事のように呟いていた。


 その頃、オーギュストはと言うと、アジトである洞窟の一室に閉じ込められてい

た。両腕と両足を縛られた状態で、動きも限られ、自分から脱出を試みるのは困難

な状態であった。仕方なく壁にもたれ掛かり、ぼーっとしていると、二人の盗賊が

部屋に入ってきた。

「退屈そーだなァ、王子様」

「俺らが遊んでやるよ」

 オーギュストは、ただ盗賊たちを睨みつけることしか出来なかった。

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