7話・帰還と旅立ち
城へ帰ると真っ先にオーギュストは王の間へと向かった。
「父上、ただいま戻りました」
重々しい厚い扉を開けると、玉座の王のもとへと近寄る。ノエルとジャンもオーギ
ュストの後から部屋に入る。
「オーギュスト! 一体どこへ行っていたんだ。心配したのだぞ!」
オーギュストの姿を確認するなり、玉座に腰掛けていた王は立ち上がり歩み寄っ
た。
「ごめんなさい。これを……」
そう言ってポケットにしまっていたファーブニルの鱗を取り出し、王に手渡した。
「何だこれは?」
「ファーブニルの鱗です。ここガリエールにファーブニルが向かってきていたのです」
「何だと?」
王は顔を顰める。
「もしも、ファーブニルに襲われていたらガリエールはエルザリアの侵攻と竜の被害
で混乱状態に陥っていたでしょう」
自分の決心が父に伝わるように、真面目な顔つきで淡々と語った。幼い頃に母に聞
かされた物語の王族のように、今、自分が立ち上がるべきなのだと感じていた。それ
には、父の理解がどうしても必要だったのだ。その様子を感じ取ったノエルが助け舟を出す。
「それを王子様が退治したのです。あの伝説の竜を。王子様にはそれだけのお力があ
ります」
「父上、俺はエルザリアに行きます! 行ってジョン王に侵略をやめさせるよう説得
します!」
「……そうだな」
一瞬の静寂の後、王が口を開く。
「侵攻を止めるには誰かが行かなければならない。……エルザリア遠征を任命しよう、オーギュスト」
王の表情はどこか物憂げであった。反対に三人の表情はパッと明るくなる。
「ファーブニルを倒したんだ。お前にはそれだけの力がある」
「父上……。ありがとう」
「ただ一つ約束してくれ」
「はい?」
「死ぬな。絶対に生きてガリエールに戻って来い」
王はしっかりとオーギュストを見据えて言った。
「……はい!」
オーギュストもそれに応える。
「それから、これを持っていけ」
王がペンダントを手渡した。中央に獅子が刻まれたペンダントである。朱色の盾形
の図形に、獅子が描かれた紋章は、ガリエール王家のものであった。
「これ……」
「これは、代々伝わるこの家の紋章の一つだ。お前の王子の証でもある。お前が戴冠
する時にでも渡そうと思っていたものだ」
「父上……」
オーギュストは、ペンダントを掌で握り締めた。
「行ってきます」
オーギュストたちが玉座の間を出た後、王は一人玉座の上で溜息をついた。
「どうされました?」
書類を持ってきた、宮廷術師兼オーギュストの家庭教師のルブランがそれを見て尋ねた。
「オーギュストには平和な暮らしを送ってほしかった。しかし、あいつは冒険を望
んでいる。四皇族のような冒険を……」
「陛下は城での平和な暮らしを願っているのですね」
ルブランは玉座の横にある机で書類を整理しながら、穏やかな口調で言った。
「そうだ。私は戦争も経験した。愛する家族の為に平和を手に入れようと、自ら望
んで戦地に身を置いた。だからこそ、オーギュストには戦いに身を置いてほしくな
い」
王は肘掛に肘を立てて頭を支えていた。手を止めてルブランは王の方を向いた。
「陛下……」
「……しかし、ファーブニル。あの竜が復活するとは……、何かの兆しなのだろうか? まさか、本当に……」
二日後、オーギュストとノエルは机の上に地図を広げて、遠征の行程を確認して
いた。
「エルザリアにはゲルト王国の港、ハンゲルから行くのが良いでしょうね」
ノエルが地図の上で指を動かしながら、説明する。
「ゲルトを通るのか。ゲルト王は協力してくれないだろうか」
「わかりません。ですが、可能性はあります。王にお会い致しましょう」
一通り計画を決めたところで、勢いよくドアを開けてジャンが部屋に入ってきた。
「王子様! 僕も再びお供します!」
「ジャン! 気持ちは嬉しいけど、お前は一度家に帰ったほうが……。きっと親も心
配してる」
机から離れ、オーギュストはジャンの方に駆け寄りながら言った。
「ええ、だから家に帰って、今戻ってきたところなんです」
「へ?」
オーギュストは目を瞬かせる。
「王国兵になったんです! 母にも伝えてきました! これからは正式にお城に仕え
る身です!」
熱意のこもった声でジャンが告げる。
「本当か!? おめでとう、ジャン!」
「王国兵も堕ちたもんだ……」
喜びで飛び上がらんばかりのオーギュストに対し、ノエルはさも不安といった表情
で呟いた。
その夜、自室に戻ろうとするノエルを城将のルークが声をかけて引き止めた。
ルークは大柄な男で、抜群の指揮と戦闘力で戦地では多くの活躍を残しているが、普段は気風のいい好人物である。家庭教師のルブランと同じくらい、ノエルも
オーギュストも昔から世話になっている。
「ノエル。いよいよ、明日出発らしいな」
「ええ」
「王子の初めての遠征だもんな。頑張って来いよ」
「有難う、ルーク」
礼を述べて一息ついた後、思い出したように口を開く。
「そうそう、一つ聞きたいことがあったんだ。何でジャンなんかを王国兵に? 城
将であるあなたがジャンの雇用を認めたのでしょう?」
「いけなかったのか?」
「あんなヤツ役に立ちません! 王国兵の地位を貶めるだけです!」
「……ノエル。確かに彼はまだ弱い。それは私も承知している。……だが、大事なの
は国を思う気持ち、そして君主を守ろうとする強い気持ちではないか? 君になら
判るはず」
「……」
信頼しているルークにそう言われて、ノエルは口を噤んだ。
「じゃあ、頑張れよ。城のことは任せておけ」
そう言って、ルークは去っていった。
その翌日、三人は装備を整えて城の中庭に集合した。
「そういえば、エルザリアまでどうやって行くんですか? 徒歩じゃエルザリアま
で相当かかりますよね」
「ああ、それなら……」
ジャンの問いにノエルは視線を動かす。視線の先の城壁の影から、一頭の毛並み
の美しい白い馬が顔を覗かせていた。
「久しぶりだな、デュラン! また、頼むぞ」
オーギュストが白馬に近付き、その首を抱き寄せる。
「王子の愛馬です。僕達は馬車に乗って行こう」
「うわぁ、立派な馬ですね」
ジャンが見惚れながら声をあげる。
「だろう? 相棒なんだ」
オーギュストは自らの愛馬に跨ると、手綱を引き、ノエルとジャンは馬車に乗り
込んだ。いよいよ三人は遠征への一歩を踏み出したのだった。
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