6話・ファーブニル討伐
次の日、大欠伸とともにオーギュストは身体を伸ばす。
「さー、今日も行くか!」
「ちょっと王子!!」
「何?」
「何じゃありませんよ、何ですかその頭! 少しは身嗜みくらいちゃんとして下さ
い!」
そう言ってノエルが王子の頭を指差す。髪の毛が四方八方にはねている。寝相が
悪い所為で、寝癖がついていたのだ。しかし、本人は気にも留めていない様子であ
る。
「う~、二人とも朝っぱら元気ですね……」
後ろでジャンが眠そうに目をこする。
そんなことを言いながらも一行は歩き始めた。しばらく森の中を歩いていくと、
森の開けた場所に出た。先頭を歩いていた王子が声をあげる。
「山が見えてきた!」
地面は切り立った崖のようになっており、向こうに山が見える。晴れ渡った空に、
眼下に広がる森、そびえる山。景色を見渡していると、オーギュストは下方に小さ
な村があるのを見つけた。
「村だ!行ってみよう!」
オーギュストが言う。
「おいっ、いいのか竜は!」
ノエルが咄嗟に突っ込む。
「何か役に立つことがあるかもしれないし。どうせ通り道だろ?」
「どうだか……」
「もうここまで来てるんだし、そこまで焦る必要はないだろ? ノエルも少しは気
楽に行けよ!」
そう言って、オーギュストは走り出して行ってしまった。ジャンもその後につい
ていくようにして走っていく。
「気楽に……、ねぇ。それもそうだな」
ひとり呟くとノエルも村に向かって歩き出した。
「ジークフリート村?」
「そうです。元来、名前の無かったこの村は、英雄ジークフリートによって救われ
て以来、こう呼ばれるようになったのです」
たまたま通りかかった老人が村のことを教えてくれた。
ジークフリートは伝説の四皇族の一人である。ガリエールの北に隣接する、ゲル
ト王国の王子だった人物で、悪魔を倒した英雄の一人として語り継がれている。悪
魔退治以外にも彼ら四皇族の英雄にはいろいろな伝説が残っているのだ。この村の
伝説もその一つらしい。
「君たちはいったいどうしてこんな辺鄙な村に?」
老人が尋ねる。このような辺境の小さな村に訪れる人など珍しいのだろう。
「俺たちは竜を倒しに来たのさ」
オーギュストが答える。
「あのファーブニルを? 君たちのような少年が……?」
オーギュストとジャンを見て、老人は言う。慎ましやかな衣服を纏っている王子
が老人にはただの少年にしか見えなかったのだろう。
「その方はガリエールの王子オーギュスト様。口をお慎み下さいますように」
遅れてその場に現われたノエルが言う。
「なんと! 王子!? これは失礼しました」
「気にしなくていいよ、おじさん。それより何か……」
子供の頃から憧れた英雄の伝説の残る地――そのことがオーギュストを興奮させ
ていた。
「こんなところまで来て大変だろう。わしの家に来なさい」
「本当!? ありがとう」
周りに草花が咲き、蝶が舞っている。草花に埋もれるようにして道が続いてい
る。小さな村だが、のどかで美しい村である。少し歩いていくと、老人の家に辿り
着いた。
三人は家に入り、荷物を下ろすと、老人に案内されて武器庫へ入った。
「うわぁ……」
三人は思わず感嘆の声を漏らす。こじんまりとした武器庫だが、所狭しと武器や
防具が並んでいる。大型の剣、槍、白銀の鎧……。
「その昔、ジークフリートを始め、ファーブニルを倒した者たちがこの家を訪れた
らしい。その者たちの装備品の数々がここに残っているんだよ。良かったら持って
いっておくれ」
老人は優しく言う。
「いいんですか?」
銀色に輝く一際立派な全身鎧を観察しながらオーギュストが言う。
「構わんよ。こんなところに埋もれてしまうよりもずっといい。きっとこの装備た
ちも望んでいることだろう」
「そう言えば、ついでに聞きたいんだが……森でこれを見つけたんだ。何か知りま
せんか?」
オーギュストは、森でモンスターが守っていた泥だらけの剣を取り出した。
「随分と古びた剣だな……。よし、調べてみよう」
老人は、古びた剣を預かると奥の部屋へと向かった。しばらくすると老人が戻っ
てきた。
「それは……」
老人の持つ立派な剣を目にしてオーギュストは口を開いた。
「さっきの剣だよ。泥を落として、刃も研いできた」
「これが……!?」
先程とは見違えるようであった。古めかしいが、職人技ともいえる華美な装飾が
施されている。オーギュストはその剣の柄を見て、呟いた。
「これって……」
その剣の柄には、紋章が刻まれていた。
「間違いない、ゲルト王国の紋章だ……」
ノエルもハッと息を呑む。
「もしかして、これって聖剣バルムンク……!?」
二人は驚いて顔を見合わせる。
「……バルムンク??」
状況が呑みこめてないジャンが素っ頓狂な声を出す。
「ルブラン先生に昔習った! 四皇族の英雄ジークフリートがファーブニルを倒し
た際に使ったと云われる伝説の剣……!」
オーギュストが剣を手にとりながら言う。
「見事です、王子」
オーギュストの解説にノエルが小さく拍手をする。
「本物……?」
「わからないけど、すごく古いものだということと、優れた剣だということは間違
いなさそうだね」
「きっと、ジークフリートが竜を倒した後、あの場所に隠したんだ。これが、あの
ジークフリートの伝説の剣……」
オーギュストはキラキラとした瞳でその剣を見つめた。
「あの魔物は剣を手に入れようとした者を審判するためにあそこに居たのかもね」
「これでドラゴン退治がラクになったってことだね!」
ジャンが言う。
「そうだな!」
剣を見つめながらオーギュストが答えた。
その日、三人は老人の家で夕飯を食べ、一晩泊めてもらうことになった。老人の
妻である老婦人も三人を歓迎してくれた。暖かい夕食と寝床を提供してもらい、三
人は十分に体力を回復することができた。
そして翌日、出発することになり、オーギュストは老人に丁寧に礼を述べた。
「いやいや、勿体無いお言葉です」
老人はにこやかに言う。
「必ずやファーブニルを倒します!」
王子は力強くそう言うと、別れの挨拶を交わし出発する。遠くなる背中を見送
り、手を振りながら老人は思う。
(まさか、再びファーブニルを倒そうとするものがこの家を訪ねるとは……ジーク
フリートの魂が呼んだのかもしれんな)
途端に老人はハッとする。
(まさか――、オーギュスト王子……彼が伝説の四皇族の意志を継ぐ者……?)
老人は暫く、その場に立ち尽くしていた。
「ふぅっ……」
ジャンが息を吐く。山を登ってきて数時間がたつ。なかなか険しい山である。草花
は生えているが、岩でごつごつとしており、登るのも一苦労だ。
「結構登ってきたけど、竜はいったい何処に……」
ノエルも息をきらしながら言う。
「あっ、あれ!」
その瞬間、少し前を歩いていたオーギュストが声をあげる。見ると、向こうの空か
ら黒い物体が向かってくる。
逆光により、その青い体躯は真っ黒に見える。黒い翼を羽ばたかせ、竜は迫ってく
る。
「……来るぞ!」
竜がいっそう羽を大きく羽ばたかせたと思うと、疾風が叩きつけるように三人を襲
う。うまく岩陰に隠れたオーギュストは疾風を避け、攻撃の態勢により多少無防備に
なっているファーブニルを狙う。岩を足場にして高く跳び、剣を竜の首に、叩きつけ
るようにして攻撃する。鈍い音が響く。
しかし、竜の皮膚に裂け目が入ることも無く、ビクともしていないようだ。その様
子を見てオーギュストはファーブニルを見据える。
(効いてない……!?)
悪い攻撃ではなかったはずだ。なのに、傷一つ与えられないとは。
ファーブニルがまたこちらへと向かってくる。オーギュストは狙いを定めて、剣を
振り降ろす。今度は、皮膚の薄そうな翼部分を狙った。しかし、またもや弾かれるよ
うな感触がするだけで、その皮膚に傷を与えることはできない。
「何で……聖剣バルムンクでもガードされる……?」
手に持っている剣の柄を強く握り締める。
(ジークフリートが竜を倒したとされる剣……俺の力が足りない……?)
頭の中で考えを巡らせていたその時、ファーブニルが鞭打つように尾を振り回し、
ジャンを攻撃していた。ジャンが叫び声をあげて、勢いよく吹っ飛ばされる。
「ジャン!!」
「大丈夫です! 僕のことは気にしないで!」
ジャンが叫ぶ。
「……武器が通じないなら術で! ダークエナジー!!」
ノエルが進み出て、黒い球体を出現させると、球体は真っ直ぐにファーブニルに向
かってぶつかった。闇に覆われたファーブニルは辺りに振動の起こるような声で吠え
る。
「効いてる!」
様子を見ていたオーギュストが言う。
「どうやら、術の方が効くみたいですね。王子、ここは任せて」
ノエルが更に術を発動させる。
「コメットフォール!!」
ノエルの右手に小さな輝きが発したかと思うと、急に空に浮かぶ小さな星が表れ
た。どうやら天体を操る術のようである。その星は段々と大きくなり、急降下したか
と思うと、ファーブニルもろとも森へと叩きつけた。
その凄まじい威力に、立ち上がっていたジャンは呆気に取られる。
「ドラゴンをやっつけた……!?」
しかし、彗星が衝突し、木々が倒された箇所からファーブニルの低い唸り声が響い
た。そして、衝撃から生まれた煙の中に、態勢を整えようとしているその姿が浮かび
上がった。
「まだだ……。ダメージは与えられてもファーブニルには術の効果は薄いみたいだ」
舌打ちをしてノエルが言う。
「ノエル!」
何か閃いたようにオーギュストがノエルに向きなおる。
「俺に魔法をかけてくれ!」
それを聞いてノエルは呆れたような顔をする。
「はぁ? 王子に魔法を? 補助魔法なんてかけたところで、さっきの感じじゃたか
が知れてます」
「補助じゃなくて攻撃魔法だ」
「はぁ??」
ノエルはますます訳がわからないという顔をする。
「正確に言えばこの剣に……だな」
そう言って、森で手に入れたバルムンクを少し持ち上げる。
「剣に魔力を纏わせ、その力で斬る。ファーブニルの堅い鱗を裂くことが出来るかも
しれない!」
「でも、そんなことが……」
「やってみる価値はあると思うんだ」
ファーブニルが打ち落とされた場所の煙が引いた。ファーブニルがまさに飛び立と
うとしている。
「王子様! ファーブニルが起き上がりそう!」
それを見てジャンが知らせる。
「迷ってる暇は無いようですね。いきますよ、王子!」
再び、ノエルが得意の闇の魔法を発動させると、王子が上方に掲げたバルムンク
が、術の黒い靄をみるみる吸収していく。
「魔力を取り込んでる!」
「今のうちです、王子!」
こちらに向かって飛び掛ってくるファーブニル目掛けて、オーギュストは剣を振り
下ろす。すると、さっきは切り傷ひとつ与えられなかった鱗が切り裂かれ、地を揺る
がすような凄まじい叫び声とともにファーブニルの体は消滅していった。その瞬間に、一つの青い欠片が落ち、それだけが残された。
「やったー!!!」
オーギュストとジャンは声をあげて喜ぶ。
「バルムンクには魔力を取り込む力があったんですね」
「それにしても、さすが王子様! 結局、俺なんにも役立ってないや……」
気まずそうにジャンが笑う。
「ホントホント。つーか、寧ろ足手まとい?
ノエルがすかさず毒舌を放つ。
「んなっ!!」
「そんなことない。二人がいれたからここまで来れたんだ。ありがとう、二人とも」
ショックを受けるジャンと腕を組んでいるノエルに向かって、微笑みながらオーギ
ュストは礼の言葉を述べる。
「やさしーな、王子様……」
いつもノエルにチクチクと苛められているジャンは、その言葉に救われたような心
持ちがして目が潤む。
「だいたい、僕一人で行くつもりだったんですよ。何で王子が礼を言うんですか」
「俺には俺の目的もあったから。これで親父も認めてくれるはずだ」
そう言って、オーギュストは屈んで、ファーブニルの残した一片の鱗を拾い上げる。深い瑠璃色の硬い鱗である。日の光に照らされて艶々と光っている。
手にとった鱗を、満足そうに見つめると王子は二人の方へ向き直った。
「帰ろう、ガリエールへ」
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