5話・森の審判者

 ガリエールとゲルトの国境付近の森、フュルクの森。

「この森を越えたところにある谷……。魔女の話によればそこに竜がいるのか」

 ノエルは地図を見ながら呟く。この森は特に危険な魔物が棲んでいるわけではない。道さえ見失わなければ特に危険はないだろうと判断し、三人はどんどん森を進んでいく。

「遅いぞー、二人とも」

 軽い足取りで先頭を歩くオーギュストが言う。ほとんど早歩きと言えるほどの早

さである。

「王子が早いんですってば! 僕は術師なんですから体力はあまり無いんです!」

 息を切らせて、王子の後を追うように歩くノエルが口をとがらせる。

「ひぃ~~」

 その更に後をジャンが遅れて歩いている。ついていくのが精一杯という様子であ

る。

「術師のお前よりジャンの方が遅いぞ? 術師だからとか関係ないんじゃ?」

 オーギュストが足を止め、振り返って言う。

「それはジャンが遅すぎるだけ!」

 ノエルが即座に返す。

「ひ、ひどい……」

「先行ってるからなー!」

 オーギュストが再び歩き出したその時――、

「うわっ!!」

 何かに足を掬われたのか、王子はその場で転倒した。

「おっ、王子!!?」

「な、何??」

「何だよ、コレっ……」

 見るとオーギュストの右足に植物の根っこのようなものが巻きついている。これ

に足を捕られて転んだのだ。根っこを辿って行くと、そこには本体があった。根っ

この本体は、赤色のけばけばしい大きな食虫植物のような花で、根城であろう木の

幹にある穴にうずくまっている。

 根っこはまるで生き物のように足を締め付け、その穴へと引きずり込もうとして

いるようだ。

 その様子を見てノエルの頭にひとつの勘が浮かぶ。この場所を守るように位置す

る魔物――何かある、と。

「ジャン! この魔物倒すぞ! 手伝って!」

 一通り思考を巡らせた後、ノエルが武器である杖を振りかざしながら言う。

「え!? あ、うん! でも、どうやって??」

「僕が魔法をかけるからその後、槍で攻撃してくれ!」

 二人が会話している間にも少しずつオーギュストの身体は引き摺られている。

(オーギュスト様……!!)

 ジャンは槍を構え、固唾を飲む。ジャンにとっては初めての実戦だった。

(必ず助け出しますから!!)

「ダークエナジー!!」

 ノエルが術を唱える。両手から黒い靄のような物体が現れたかと思うと、その手

を離れ、魔物の元へとぶつかっていく。

(今だ……っ!!)

 ジャンは魔物の元へと駆け出していた。花の中央にある口のような部分を狙い、

全ての力を槍に込める。ジャンの渾身の一撃が、モンスターの中央部に命中した。

術による攻撃と突撃をほぼ同時に喰らったモンスターは、断末魔をあげ、消滅して

いった。

「やった! 初めて魔物をやっつけたー!!」

 ジャンが目を輝かせる。

「ま、僕の術で既にやられてたようなもんだけどね」

 後ろでノエルが溜息を付く。

「……え?」

 ジャンがノエルの方を振り向く。

「気付いてなかった?」

「うう……」

 どうやら、ノエルの術を喰らった時点で、既に魔物の生命力は尽きていたよう

だ。ジャンはくずおれる。

「それに、王子だってあの程度のモンスター相手なら自力で脱出できる。君が魔

物を前にしてちゃんと戦えるかどうか試しておきたかったんだ。でも、ちゃんと

オーギュスト様を守ってくれた。試して悪かったね」

「ありがとう、ジャン!」

 魔物の根から解放されたオーギュストが、にっこりと礼を言う。

 王子に礼を言われたことと、ノエルに少し認められた気がしてジャンの表情が

ぱっと明るくなる。

「俺、王子様の役に立てるかな?」

「今はまだ無理。あんた弱いもん」

 ノエルがキッパリと言う。

「あう……」

 ジャンはがっくりと肩を落とす。

「それはそうと!」

 オーギュストが大きな声を出す。

「あの魔物、何か意味あったんじゃ? あんなわざとらしい洞窟あるし」

 そう言って、魔物の居た木の幹の空洞を指差す。

「そうそう! 僕の勘ではあの中にきっと宝が……」

「宝? ほんとかよー」

「で、誰が探すの?」

「俺、行ってもいいけど。楽しそー」

 乗り気なオーギュストの肩を押さえノエルが制止する。

「駄目ですって王子は! 王子ともあろうものがこんなところに入るなんて……。

という訳でジャン、行ってきて」

「何で俺!? こんな所入るなんて嫌だよ~!」

「あれ~~、王子の役に立ちたいんじゃなかったっけ?」

 ノエルが意地悪そうに言う。この術師は……と心の中で悪態をつきながら、渋々

ジャンは引き受ける。

 木は太さのある大木で、穴の中も割と深い。幹の空洞の中を這いながら、手探り

で探る。膝から下を残して体のほとんどが空洞におさまったところで、ジャンは何

かを発見した。

 それは地面に突き刺さった棒状の物のようであるが、深く刺さっていて抜こうと

してもなかなか抜けない。

「遅いなー。おーい、大丈夫かーい?」

 木の幹の外で屈んで様子を見ているノエルが言う。

「何かあるんだけどとれないんだよー、足引っ張ってくれる?」

 ジャンが言う。

「わかった、行くよー?」

 切り株に腰掛け、退屈そうに蝶を指に止まらせていたオーギュストもそれを聞い

て近寄る。ジャンの足を二人で引っ張ると、刺さっていた何かがようやく抜けた。

「大丈夫か?」

 オーギュストが尋ねる。

「うん、平気」

「どれどれ……」

 ノエルとオーギュストがジャンの手にした物を覗き込む。

「こ、これって!?」

 それは泥だらけになったボロボロの剣だった。

「うわぁ……ボロボロでとても使えそうにないですね」

 ジャンががっかりしたような口調で言う。

「いや、でもあんなところに隠されていた剣だ。何かあるのかも……」

 オーギュストが剣を見つめながら言う。

「とりあえず、持っていくことにしよう」

 ふと、ノエルが太陽が傾きかけた事に気付いて口を開く。

「二人とも、そろそろ日が暮れる。早く寝床を確保しないと!」

 三人はあたりを見回して、休める場所を探す。

「あ、あそこなんてどうだ?」

 オーギュストが、岩壁に空いた洞穴を見つけ、指差す。

「よし、そこにしよう」

 荷物を下ろすと、夕飯の準備に取り掛かった。ノエルは料理の支度をし、その間

にジャンは食べられそうな草や木の実を集め、オーギュストは狩りをして食材を獲

ることになった。

 オーギュストが集めた野うさぎの肉や、ジャンの集めたキノコで、ノエルがシチ

ューを作り、オーギュストとジャンは魚を焼いた。一通り食べ終えて満腹になる

と、洞穴の中で横になり、朝まで眠りについた。

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