7話 魔物の口を持つ王子様(中編)

 僕は謁見えっけん玉座ぎょくざのすぐそばまで、近寄ちかよります。

 近衛このえ騎士きしとがめようとしますが、国王こくおう陛下へいかに一枚のかみかかげます。

「国王・国王妃こくおうひりょう陛下へいかにこちらをおせいたします」

 近衛騎士がうごさない王室おうしつ侍従長じじゅうちょう侍従じじゅう侍女じじょたちをにらみつけて、いたかたなく、僕から紙切かみきれ一枚をって、国王陛下のとどくように掲げなおしました。

「たとえ、王室侍従長による招聘状しょうへいじょうがあろうとも、国王妃陛下によるむち拷問ごうもんがあろうとも、国王陛下が無関心むかんしんであろうとも。

 僕には僕の、抜歯屋ばっしやとしての矜持きょうじがあるのです」


公文書こうぶんしょ?」とポツリとこえらされたのは、近衛騎士からなんとか紙切れを取ろうとった王妃陛下ではありませんでした。国王陛下の一言ひとことでした。

「いいえ、私文書しぶんしょです。この王国法おうこくほうでは、王族おうぞくが私文書にサインしてはならないという王室おうしつ法はありませんね。

 ただし、私文書にサインする場合ばあい商業しょうぎょうギルドかみサルメンタ本部ほんぶあるいはそれ相当そうとう取引とりひき実績じっせきがある私文書にかぎられているのでしょう。

 こうしたゆがんだ貪欲どんよくには、いつも王室侍従長のお役目やくめですね」

 僕だって、ちょっとイライラしていますよ。はや地元じもとかえってスライムの保護ほご活動かつどうをしたいのですから。

「歪んだ貪欲ですって!」

 王妃陛下はおこらせるだけ、怒らせておきましょう。怒鳴どなっているあいだはとにかく、鞭の魔術まじゅつさないようです。


「『抜歯屋イーツ・フォーリアによる口腔内こううくうない最適化さいてきか同意書どういしょ』……おい、なにをしようとしている?」

 国王陛下がここに来てやっと、王子おうじ殿下でんか心配しんぱいをしはじめましたね。

 その姿すがたて、王妃陛下が怒鳴るのをやめてしまわれました。

「王子殿下のお名前なまえは?だれおしえてくれませんか?僕、らないんです。

 王室侍従長の招聘状には王子殿下の名前も事情じじょうかれていなかったんですよ。こまっちゃいますよ」

「私があの子にわって、対象者たいしょうしゃめい空欄くうらん穴埋あなうめしよう。

『ナトゥス王子殿下』。

 保護者ほごしゃ同意どういもだな。

 王妃、同意しなさい」

「ですが」と王妃陛下は紙切れをのぞき見て、言葉ことばまらせてまま。

「イーツ・フォーリアは我々われわれ両親りょうしんに同意をもとめて来た。

 このような抜歯屋は今日きょうはじめてだ」

 一人目の同意のサインは本人ほんにんの王子殿下ではなく、何と国王陛下でした。

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 ~抜歯屋イーツ・フォーリアによる口腔内最適化同意書~


 口腔内最適化対象者名:ナトゥス王子殿下


 口腔内最適化方法は以下いか手順てじゅんおこなうこと。

 ①口腔こうくう観察かんさつあごのサイズ・おやらず・虫歯むしば歯並はならび・歯茎はぐき

 ②デンタルスライムによる歯列しれつ造影ぞうえい

 ③デンタルスライムによる歯列最適化

 ④デンタルスライムによる口腔ケア

 ⑤みがかた指導しどう

 ⑥経過けいか観察かんさつ


 ※注意ちゅうい事項じこう

 ・無痛むつう麻痺まひ弛緩しかんやく鎮静ちんせい魔術まじゅつなど意識いしきうしなわせる薬剤やくざい・魔術を使用しようしない。

 ・デンタルスライムにたいして加害かがいしない。

 ・抜歯屋や抜歯屋の関係者かんけいしゃに対して加害しない。

 ・損傷そんしょう損害そんがい、その不利益ふりえきに対して免責めんせきみとめる。

 ・スライム密猟みつりょう絶滅ぜつめつ助長じょちょうしない。

 ・抜歯屋に対し、いかなる干渉かんしょうおこなわない。


 口腔内最適化方法および注意事項に同意します。


 対象者署名:__________

 保護者署名:国王グラティオス(対象者との続柄ぞくがら:父)

 保護者署名:________(対象者との続柄:___)


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「王子ご本人の歯並びを見せてもらえない以上、この程度ていどの同意書にサインしていただくことになりました。どうぞ、王妃陛下。同意書にサインなさってください」

 王妃陛下はサインをしぶっています。

「ちなみに、王子殿下はどこです?

 僕は王子殿下のサインも求めていますよ」

「何です、いきなり?」

「ですから、ご本人の王子殿下ですよ。

 デンタルスライムを御口おくちなかに入れましょう」


(((コイツ、馬鹿だ)))とみなさん、かおおお落胆らくたんされています。同意書の内容ないようを知らないままはなしいていた貴族きぞくたちも、同意書の中身なかみづいて、あわて始めました。なにせ、前代ぜんだい未聞みもん荒療治あらりょうじですからね。デンタルスライムなんて、らない方々かたがたばかりでしょう。


「デンタルスライム、『召喚しょうかん』」


 僕は抜歯用道具をかばんから取り出し、なんくデンタルスライムをひら召喚しょうかんしました。

 しかし、デンタルスライムはきなく、僕のくちの中にはいろうとします。仕方しかた頭上ずじょうにのせてやって、でてやります。どうどう。


「デンタルスライム!魔物をいれるなど!

 王子殿下のおそばきとして、だんじてみとめられません」とさけんだかたは……わか侍従じじゅうですね。王子殿下ととしちかそうな男の子。二、三歳年上のおにいさんという存在そんざいでしょうか。

「デンタルスライムの幼体ようたいです。魔物ではなく、生物せいぶつですので、従魔じゅうま出来ません」

けがらわらしい!」

「汚いかどうか、くに一番いちばん鑑定かんてい魔術師まじゅつしが鑑定なさってください。王宮内おうきゅうない危険物きけんぶつを鑑定出来る人員じんいん、一人はいらっしゃいますよね?」



 謁見の間に呼ばれた鑑定魔術師は面倒めんどうくさそうに「スライムなんて鑑定したことの無い」とぼやきながら、安全性あんぜんせい特化とっかして鑑定し始めました。王妃陛下が「絶対ぜったいに殿下のお口に入れずにむように不衛生ふえいせいさを鑑定しくしなさい」と鑑定魔術師にめいじています。こわいですね。


 あっというの鑑定でわかったようです。

我々われわれよりも、清潔せいけつ?このスライムは……朝食ちょうしょく昼食ちゅうしょく夕食ゆうしょくの三食、高級こうきゅうなパンをべ」

「誰かけしているんでしょうかね?」と僕のあたまの中には、エンブレイス秘匿ひとく商談官しょうだんかんが(前世ぜんせでいうところの、こいに食パンのみみあたえるように)餌付けをしている姿すがたおもかびました。

あさひるばん入浴にゅうよくして」

「僕は朝食前・昼食後・夕食前・夕食後の四回が理想りそうです」

 どこからか「うらやましい」とつぶやく声が謁見の間に居座いすわる貴族から漏れていました。



 王子殿下が玉座からおくまったところからかおして、僕にちかづいてきました。

「やはり、あごちいさいですね」

「顎が小さいと、何なのです!」と王子付き侍従が怒り出します。

「アウグス従兄いとこぎみとウルス従妹いとこ君様のかずよりもりない、王子殿下は一本いっぽん欠損けっそんがございました」と王室侍従長がたすぶねします。そうですね。侍従の失態しったいをフォローするのは上司じょうしつとめです。

「……王子のほうが足りないのはわかっています。それが何なのです」

 王妃陛下はショックがおおきくて、玉座のとなり椅子いすすわってしまいました。

うまれながら歯の本数が足りない子なのでしょう。

 そして、親知らずがていない。

 歯茎の中で、横倒よこだおしになっている可能性かのうせいがありますね。

 歯列方向にたおれていたら、されてほかの歯が倒れて来ます」

「……この歯……を……なおせ…ば、母上ははうえ、は……か、なく、ても……い、の、で、す、……か?」

歯列しれつ矯正きょうせい無理むりに治すということが出来ません。

 何年なんねんもかかるでしょうし。

 歯列矯正はそもそも邪魔じゃまをしているとおもわれる親知らず四本を抜歯してからになります」


「僕、同意書、に……サイン、し、ます。

 母上も、サインしてください」

「そうね……もう、そうするしか無いのね……かわいそうな、ナトゥス」

 良し。これで、同意書のサインがすべまりました。



「とりあえず、デンタルスライムで造影ぞうえいしましょう。

歯列しれつ造影ぞうえい』」

 王子殿下の口にぽーんとデンタルスライムがびこみました。

 もぞもぞと口の外へ出ると、ちょっと時間がかかりましたが、口腔写真がデンタルスライムからき出されました。

 パタパタがった写真は王子殿下のぐちゃぐちゃな歯型はがた模型もけいとなりました。

 口の中で台風たいふうとおぎてったかのように、ぐっちゃぐちゃな歯並び。

 虫歯が無いのは、乳母うば一生懸命いっしょうけんめい歯磨はみがきに時間じかんをかけてくれていたからでしょうね。

 よくこれで、ごはん食べて、生活せいかつ出来ていたと感心かんしんします。

上下じょうげ親知らず四本。同時どうじ抜歯ばっしします」

「いきなりは無理むりよ!」

椅子いすか、簡易かんい寝台しんだい、いや診察しんさつだいか何か!」と侍従長も「殿下がったまま」というお姿すがたに慌てて、いろいろ用意よういさせ始めました。

長椅子ながいす、ありますか?パーロ公爵こうしゃく閣下かっかのおうちにあったような」と僕もちょっとかんがえなしだったことを反省はんせいして、家具かぐでも良しとするとこたえました。

「長椅子ですね、わかりました。いそいでって来ます!」

 え?

 王妃陛下、さっきまで、おつかれではありませんでしたか?

 ドレスをみだしてけだした王妃陛下を侍女たちが慌ててめにはいっています。

「王妃陛下は王子殿下のにぎっていてください。我々近衛騎士がはこびをにないます」


 近衛騎士は、国宝級こくほうきゅうかざりがついてなおかつかたそうな(ばこくらい高反発こうはんぱつ)、長椅子を謁見の間に持ちこんで来ました。

「『歯茎はぐき切開せっかい無痛むつう)』」

 長椅子に寝転ねころんだ王子殿下の口の中にデンタルスライムがおさまり、一瞬いっしゅんで出てきます。上下の奥歯おくばのさらに奥が切開されており、簡単かんたんに四本の親知らずが、実際じっさいに横倒しであることが目視もくし出来ます。

「では、きます」


 テキパキと。そして、きずつけないようにそっと。四本の抜歯をえました。

「上下親知らず抜歯完了かんりょう当該とうがい箇所かしょの『口腔こうくう修復しゅうふく』」

 また、デンタルスライムは王子殿下の口の中にもどり、十秒で出てきます。

 そのあいだ、王子殿下は具合ぐあいわるそうな顔をせず、はな呼吸こきゅうをゆっくりつづけていました。

 口の中を確認かくにんすると、見事みごとに歯茎の切開箇所が何事なにごとも無かったかのようにふさがれていました。

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