5話 抜歯屋招聘状

 スライムの保護ほご活動かつどうを始めて、一か月。

 スライムたちは保護環境かんきょう適応てきおうして、かずえてきています。

 一部のスライムは仲間同士で遊ばず、相変あいかわらずといいますか……僕の作った木製もくせい試作品しさくひん歯列しれつ模型もけいで遊んでいます。

 僕の副業ふくぎょう道具どうぐ興味きょうみの無いスライムたちでも、ときたま保護区内にのこのこやって来た、大人しい魔物の口にたまった歯垢しこう吸収きゅうしゅうしています。


 スライム密猟者に襲われた両親は貧血ひんけつから、ほぼ回復かいふく

 自宅に併設へいせつしてある薬草畑も窃盗で損害そんがいがあったけれど、順調じゅんちょうに育ってきています。

 商業しょうぎょうギルドブリッラ支部しぶから「伝書猫でんしょねこ」がやって来ました。

 どうして、気づいたか?

 この伝書猫と遭遇そうぐうしたのはブリッラ町の自宅ではありません。

 何と森番もりばんのケイトさんにだっこされて、テンピもりのスライム保護区ほごく拠点きょてん付近ふきんまでやって来たのです。

「すぐそこの、ほら、れいの、あれの拠点。

 秘密ひみつだから、伝書猫をたせている。魔物まものにはおそわれないよう回避かいひ行動こうどう訓練くんれんけているが、なるべくく伝書をってやれ」とケイトさんに手をかれて、保護区の外へ出ると、モフモフの大柄おおがらねこがちょこんと待っていました。

 前世ぜんせにいた、まれたての子牛こうし程度ていどのサイズがあるので、猫だとは最初さいしょどうも認識にんしき出来ませんでしたよ。

「ミャーミャー」ときながら、背中せなか背負せおったポーチをけるようにすりって来ます。


『商業ギルドブリッラ支部所属しょぞく新人しんじん抜歯屋ばっしやイーツ・フォーリア殿どの


 商業ギルドかみサルメンタ本部ほんぶより緊急きんきゅう連絡れんらくあずかっております。

 この伝書をごらんになったらば、すぐにブリッラ支部窓口まどぐちまでおしくださいませ。


 商業ギルドブリッラ支部窓口業務長ぎょうむちょうエノール』



 伝書猫を使った、きゅうし、でしたね。

 本当ほんとうは行きたくありません。僕はスライムの保護活動がメインです。副業ふくぎょう抜歯屋ばっしや

 髪質かみしつ改善かいぜんぐすりけんでしょうか……。

 しかも、心当こころたりのい「商業ギルドかみサルメンタ本部」という組織名そしきめいが気になるからこそ、かかわりたくありません。

 ケイトさんにおれいを言ってわかれて、僕は苔屋敷のポータル・ドアから自宅のポータル・ドアへ一瞬いっしゅん転移てんいします。



 自宅のポータル・ドア前には、秘匿商談ひとくしょうだんのときにお世話になったエンブレイス秘匿商談官が右往左往うおうさおうしていました。

 え?この冷静れいせい沈着ちんちゃくそうな人でも、あわてるんですか?

「エンブレイスさん?」

「心配で、君のご自宅まで来てしまいました。何せ、かみサルメンタ本部です」

「それがどうかしたんですか?」

密猟者みつりょうしゃ襲撃しゅうげきによるショックで、まだ記憶きおくもどっていらっしゃらないようですね。

 このくには、チェトリオーロ王国おうこく王都おうとサルメンタには、商業ギルド本部が二つございます。

 王族おうぞく貴族きぞくだけが利用りよう出来るかみサルメンタ本部、貴族より下位かいにある庶民しょみんが利用しなければならないしもサルメンタ本部となります。

 君はこの国の王族・貴族が出入りするかみサルメンタ本部へ行かねばなりません。くわしいことは、ブリッラ支部長より指示しじあおぎなさい」



 大股おおまた歩きで颯爽さっそうと歩くエンブレイスさんの後ろを一生懸命いっしょうけんめいついて歩く子どもの僕。

 ブリッラ町の中心部ちゅうしんぶ位置いちする、商業ギルド支部のオフィスにいた頃にはあせだく。いき切れ。

 それでも、エンブレイスさんの強張こわばった眼差まなざしに気づいて、窓口に伝書を見せました。

 窓口担当者の女性はすぐに窓口カウンターを閉めて、僕たちを支部長室へすぐに案内しました。


 どうやら、商業ギルドブリッラ支部長室には上サルメンタ本部の使者がすでに来ているようです。

「失礼します。抜歯屋のイーツ・フォーリアさんが到着とうちゃくされました」

「イーツ・フォーリアを部屋に通してくれ。

 部外者ぶがいしゃは支部長室から出て行け!」

「しかし!本部が何故、ポーション調合師の子どもを呼びつけるんです!

 特別とくべつあつかいですか?

 この支部のほか商売人しょうばいにんをないがしろにしないでください!」と抗議こうぎして、支部長に喧嘩腰けんかごし従業員じゅうぎょういんは……「一般いっぱん商談官のフェーンズです。お気になさらず」とエンブレイスさんが僕の耳元みみもとでささやきました。

「フェーンズ一般商談官、出て行け。

 二度言わせるなよ、支部長命令だ」


 僕は入室時に黙礼もくれいをしたまま口をじていることにしました。

「イーツ・フォーリア。

 この子どもは、まともな抜歯屋だろうな?」と本部からの使者は不満ふまんげです。

見世物みせものの活動はしない、めずらしい営業えいぎょう形態けいたいです」と言いながら、僕のかたに、支部長と思われる人がれようとしました。

 しかし、それをエンブレイス秘匿商談官が無言むごんって入りました。

「抜歯実績は?

 答えなさい、イーツ・フォーリア」

 支部長が少々しょうしょう不機嫌ふきげんになりましたね。この場を仕切しきりたいのに、エンブレイス秘匿商談官にさえぎられたからでしょう。

「森番とはぐれた従魔じゅうまがスライム密猟者に襲われて、顔面がんめんくだかれていました。

 一本のきばの抜歯を行いました」と僕は簡単かんたん説明せつめいしました。

「一人でか?」と使者は首をかしげます。

「はい」

「森番のケイトから苦情くじょうは?」

 支部長はエンブレイス秘匿商談官に話をりました。僕の返事へんじよりも、エンブレイスさんの客観的きゃっかんてきな声が聞きたいのでしょう。

「ありません」とエンブレイスさんが即答そくとうしてくれて良かったのか、悪かったのか……。

「国内で問題もんだいこしていない健全けんぜんな抜歯屋を王宮おうきゅう招聘しょうへいせよとの命令めいれいだ。

 本部からの使者が案内あんないしてくれるから、今すぐ出発しゅっぱつしなさい」


『商業ギルドブリッラ支部所属抜歯屋イーツ・フォーリア殿


 貴殿を健全なる抜歯屋を王宮へ招聘する。


 王室おうしつ侍従じじゅうちょう


 この国の王室侍従長(実質じっしつ王様おうさま)からの招聘状しょうへいじょうが商業ギルド上サルメンタ本部の使者から手渡てわたされました。

 何故、そんなことになったのでしょう?

 僕、森番のケイトさんの従魔ペルッキの歯というか、牙を一本だけしかいたことありませんよ。

 僕がいないあいだ、スライムはどうしましょう……。

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