0話 「苦痛の門」が開かれるとき(後編)

 「苦痛の門」の向こう側にいたのでしょうか。

 温度おんど湿度しつど完全管理かんぜんかんりされた絵画展の中ではないことは間違いありません。シニアにとってはうすらさむくもあった絵画展とは違い、ここはあついところのようです。

 また、湿度もあるのか、かみれています。

「……ここはどこでしょう?」

 おや?

 髪の毛の長さが違いますね。明らかに、長いのです。そして、シニア特有とくゆう白髪はくはつでも無いのです。何色なのでしょうか……。これは、……み、水色みずいろ

 そういえば、口の中の感覚かんかくがありません。

 入れ歯にれると、入れ歯ではないのです。

 これは、歯。

 しかも、大人ではない、子どもの乳歯にゅうしのように可愛かわいらしい小ささなのです。したってみると、お子様こさまの舌です。

 男の子のようですが……異世界に来たたましいだけの私に、肉体という新たなうつわ用意よういされたのでしょうか。

 まごたちが大好きならいとのべる?なる青少年向せいしょうねんむ文学ぶんがく世界観せかいかんでしょう。

 何でしたっけ?

「……異世界転生いせかいてんせい?」

 しかし、こんな子どもの肉体がそのへんころがっているような世界ではこまりますね。

 この子のおやはどちらに?


 くびさささり、そこからながしている成人男性せいじんだんせい女性じょせい怪我人けがにんころがっていました。

 「ポーション瓶」と書かれた空瓶からびんも二つだけころがっていました。残念ながら、三つ目のポーション瓶は見渡しても発見出来ませんでした。


 私がうばった「肉体にくたい」は、瀕死ひんしの両親にポーションを使い、息絶いきたえたのでしょう。

 自己犠牲じこぎせい

 宗教画のモチーフになりそうな場面だったようです。

 貴方がのこしてくれたご遺体いたいは私のたましいに、提供ていきょうされましたよ。

 お父様、お母様のことは私におまかせください。


 どうやら、夫妻ふさいには薬草採集やくそうさいしゅうかご

 その息子むすこおもわれる私のそばにも、子どもが背負せおえる籠がありました。

 おそらく、子どもをまもるために、とっさにおおいかぶさったのでしょう。

 らいとのべるであるならば、魔物まものおそわれたひとたちということになりそうですが……。

 両親りょうしんの首には矢がき刺さっていました。


 矢というのは矢尻やじり矢羽根やばねから弓使ゆみつかいの特徴とくちょうがわかってしまうはずです。

 手作てづくりであれば、個人こじん特定とくてい出来るでしょう。

 誤射ごしゃ場合ばあい間違まちがいなく、矢の回収かいしゅうに来るはず。

 私はかくれつつ最寄もよりのむらまちへ助けをびに行くか、両親と思しき二人のあだたねばなりません。

 困りましたね。


 誤射ごしゃならば、近くに魔物がいるのでは?

 男女に対して殺意があったのならば、怨恨えんこんか、何かを目撃した二人を口封くちふうじで殺そうとしたのか?


 籠から飛散ひさんした薬草のにおいではながりそうですよ。


「これ以上いじょうとどまれば、密猟みつりょうあしがつく。今回はげるぞ!」

「薬草みの夫婦ふうふはどうする?」

「とにかく、逃げるんだ!」



 私は森を走り、近くの町へ。

 そこにいた衛兵えいへいに、きつきました。

 ショックをけたかおをして、一言ひとこともしゃべりませんでした。

 まったぬぐいをわたして、「密猟者が!」と絶叫ぜっきょうした以外はしゃべらずだまっていました。



 衛兵から、両親がおそらく所属する、商業しょうぎょうギルド支部しぶのオフィスにあずけられた私ですが。そのうちに、両親と無事ぶじ再会さいかいしました。

 両親は意識いしきを取り戻して、救援きゅうえんに走ってくれた衛兵にかかえられて、まずは商業ギルドに顔を出しました。貧血ひんけつ以外の後遺症こういしょうが無いなんて、別世界べつせかいからやって来た私にはしんじられません。ポーションというものは、何て万能薬ばんのうやくなんでしょうね。

「ソーレとノッタが助かったぞ」

「森で薬草採集やくそうさいしゅうに出かけたフォリア夫妻がスライムの密猟者みつりょうしゃおそわれた。

 イーツぼうが二人を発見したようだが、かなりショックを受けて、自分の名前なまえわすれてしまったようだ」


遺児いじにならなくてんだのか。

 ここからまあまあ近い王都おうとに行けば孤児院こじいんもあるが、最近さいきんは密猟者に口封じで家族を殺された遺児がえ過ぎて、大変たいへんらしい」

御前おまえはソーレとノッタが元気になるまでの間、あの森を森番もりばんと一緒に守ってしいんだ。

 いつまでも、ショックを受けたままじゃ駄目だめだぞ」

 何故でしょう?

 大人たちからの期待きたい眼差まなざし。

「僕が森に入るんですか?」

「まさか、自分の名前だけでは無く、薬草のことも忘れてしまったのか?

 御前は父親のソーレ、母親のノッタに次いで、町で三番目に薬草にくわしい子だったじゃないか!」

「これじゃあ、ポーションの追加精製ついかせいせいむずかしいな」



 異世界転生の翌朝よくあさ

 貧血で寝こんでいる両親は私に薬草手帳てちょうと森の地図ちずを渡しました。

「森の手前には森番の小屋がある。そこから、真っすぐ、森の奥の中央に向かいなさい。薬草の群生地ぐんせいち点在てんざいしているよ。毒草どくそうと間違えるなんてことは無いからね」

 おやおや、密猟者に殺されかけたというのに、息子一人にもう一度薬草を取って来いと……。この町のポーションの在庫ざいこ備蓄びちくはどうしたんでしょうかね。両親は寝てばかりで、詳しい話も聞けない状況です。


 私は森の中を歩きます。

 密猟者に見つからない、この低身長ていしんちょうを利用して。

 この世界へ来る前に聞こえて来た、あのさけび声は両親では無いのは確信かくしんしています。

 人の声と言うよりも、もっと、もっと、かぼそい、小さな声でしたから。


 両親が言っていた、薬草の群生地の一つに到着とうちゃくしました。そこには、何かがだおれていました。

「わたしを呼んでいたのは貴方ですか?違いますよね。

 でも、私の両親と同じく、貴方も密猟者の被害者ひがいしゃですよね?魔獣まじゅうさん」

 こんな森のおくで、おおかみのような魔獣が一頭。

 ぐったりしたまま動きません。息はまだあるようです。

 口元くちもと集中しゅうちゅうしているきずはおそらく、両親が襲われた時間帯じかんたいと同じ昨日の早朝そうちょうでしょう。血はくろくなり、かたまっています。そして、んでいます。

 その魔獣のはらあたりではブルブルふるえている、いわゆる、スライムが何体なんたいかくれています。

 おそらく、私をこちらの世界へ呼んだのは、密猟対象たいしょうのスライムさんたちでしょう。

 密猟するほど、希少価値きしょうかちたかい。そして、密猟をいくらしても需要じゅよういつかない。

 この世界のスライムは絶滅ぜつめつしそうなんですね。


 スライム、絶滅ぜつめつしてもいんですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る