7話 魔物の口を持つ王子様(前編)

 王宮おうきゅう招聘しょうへい当日とうじつあさ

 滞在たいざいゆるされていたまち屋敷やしきを、「パーロ公爵こうしゃく」の紋章もんしょう馬車ばしゃで、出立しゅったつしました。

 たてかたちうつくしい装飾そうしょくほどこされたしろいはしらに、あおくろ三本の縦縞たてじま

 公爵閣下かっかと公爵令息れいそくヴァレリオさまと、庶民しょみんぼくっています。


 僕が王室おうしつ侍従じじゅうちょう実質じっしつ王様おうさま……いえ、国王こくおう陛下へいか)からしをけたのは。王子おうじ様……ではなくて「王子殿下でんかのガッタガタの歯列しれつをどうにかこうにか、まともにしろ」との命令めいれいでした。

 おやならば、「この歯列はどうにもならない」と医者いしゃさじげられたら、それはそれはショックですよね。

 しかも、「魔物まものくちを持つ王子様」なんてうわさ国中くにじゅうひろまっています。

 王都おうと中心部ちゅうしんぶからすこしそれた位置いち、ゆるやかな丘陵きゅうりょううえにある一際ひときわ黄金おうごんかがや建造物けんぞうぶつ王宮おうきゅうのようです。

 前世ぜんせでは、プライベートでたびたのしむことがおおかったですね。ヨーロッパのおしろ聖堂せいどう美術館びじゅつかんにもったことがあります。ですが、世界遺産せかいいさん見学けんがく目的もくてきでしたからね。王室おうしつメンバーがもれなくついてくるお城へ行くのは緊張きんちょうします。


 僕以外にも、国中の抜歯屋ばssひゃが王宮に呼ばれて、正門せいもん付近ふきん馬車ばしゃれつつくっていました。

 騎馬隊きばたいかこまれて、馬車はゆっくりすすみます。

 馬車から降車こうしゃすると、王立おうりつ騎士団きしだんかまえていました。黒地くろじ制服せいふく帽子ぼうしぎんかざりがついています。

「これより王宮へ入る前に、王立騎士団による手荷物てにもつ検査けんさを受けてもらう!」

貴様きさま父親ちちおやはどうした?」

「騎士様。僕の両親りょうしんはポーション調合師ちょうごうしであり、彼等かれらの息子がたんに抜歯屋なのでございます」

「貴様が抜歯屋だと?はははは、かえれ」

 騎士は僕のぶんしんじてくれないようです。

「では、招聘状のおくぬしである王室侍従長に『帰ります』とおつたえください。

 公爵閣下、公爵令息様、お手数てすううをおかけしますが、僕は王宮へは入れませんでした」

 僕が閣下と令息にあたまを下げると、彼等がオロオロし始めました。

「イーツ殿、帰らないでください。貴方あなたは庶民の子ですが、きっと王子殿下のためにくされるでしょう。

 騎士よ、イーツ殿を王室侍従長の客人きゃくじんとしてあつかうべきだとおもわないかね?」と公爵閣下は騎士に対して、手荷物検査をやりなおすようにうながしました。

 騎士ではないのに、王宮の警備けいびのやりかたくちはさむ公爵閣下がらないのでしょう。

 騎士は僕を片手かたてばし、「子どもの相手あいておんなのアリスにまかせる」と言いのこしてはなれてしまいました。

 騎士に名前なまえを呼ばれた女性じょせい騎士があしでやって来ます。

「女性騎士がいらっしゃるのですね」

めずらしいですか?」

「いいえ。女性王族へのきめこまやかな警備の配慮はいりょはやはり女性騎士の出番でばんとなるでしょう。

 女性の抜歯屋さんへの手荷物検査はおみですか?お済みで無いのでしたら、僕は後回あとまわしになさってくださって結構けっこうですよ」と僕なりに女性騎士へ言葉をかけます。

「貴方、あたまいいいだけではなくて、副団長ふくだんちょうのように頭がれるのね。たいてい、田舎いなか出身しゅっしん騎士きし気取きどりに文句もんくを言われたら、おこって当然とうぜんよ」

 騎士アリスは僕からかばんを預かり、手荷物検査台にのせて、中身なかみ確認かくにんします。

「手荷物は鞄一つだけ?」

「はい」

 鞄の中には、招聘状と道具一つだけ。

「ペンチ?」

「抜歯道具です」

「王宮の中へ持って行っても良いけれど。

 抜歯目的もくてきでの使用しよう禁止きんしだと口頭こうとう注意ちゅういするまりなの。

 言っておくけど、いくら歯並はならびがわるくても、王子殿下の歯を無暗むやみいては駄目だめなのよ」

「何故です?」

本来ほんらい、王族のような高貴こうき方々かたがたに抜歯屋が謁見えっけんなんて非常識ひじょうしきなのはわかる?

 王族の歯は侍医じい治療ちりょうするの。虫歯むしばがあればけずってものをする。外国がいこくから献上けんじょうされた歯磨はみがを使って歯を磨きげるのもね、侍医の役目やくめだったわ。

 王子殿下の抜歯。侍医が全部ぜんぶやろうとしたのよ。王妃おうひ陛下へいかは侍医の全身ぜんしんむちったの、

 そのせいで、侍医は王妃陛下と王子殿下に匙を投げたの。

 侍医がもう王妃陛下と王子殿下の診察しんさつもされないことは有名ゆうめいはなしよ」

「イーツ殿、女性騎士の言うとおり。

 歯並びはもちろん、歯のかずも、上流じょうりゅう階級かいきゅうにとって容姿ようし端麗たんれい条件じょうけんうちだ」

 騎士アリスは突然とつぜん僕に話しかけて来た老人ろうじんだれなのか見当けんとうもつかないみたいです。

「……ヴァレリオ様。こちらは執事しつじですか?」

「いいや、祖父そふ、パーロ公爵閣下だが。なに問題もんだいでも?」

「あの、歯抜はぬジジイいやがって、食事しょくじもまともにとれてないって。もう、死ぬんじゃないかってうわさは?」

 少々しょうしょう、アリスはパニックをこしていますね。

本人ほんにんまえに噂の真相しんそうたしかめるとは。さすが、先代せんだい団長の令嬢れいじょう

 ガハハハハ。

 イーツ殿が私の入れ歯を特注とくちゅう用意よういしてくれたのだ。彼の抜歯屋としての腕前うでまえは私が保証ほしょうする」

「まさか……貴方、本当ほんとうに抜歯屋なの?

 しかも、入れ歯まで作れる抜歯屋は国内でもかぎられてくるわ……」

検査けんさえたもの使者ししゃかれて、騎士団長のあとについて来なさい!」

 いかついおじさんはギロリと、とおはなれているはずの僕を見下みおろしています。

 騎士アリスと他愛たあい雑談ざつだんをしていたのがよろしくなかったのでしょうか……。

 近衛このえ騎士団しゃのそばをとおり抜けて、いよいよ王宮へ入っていきます。


 抜歯屋なので、騎士のような行進こうしん隊列たいれつめないので、みんなゆっくりダラダラあるいています。

 ゆか壁画へきが天井てんじょう装飾。

 素晴すばらしい調度品ちょうどひんに囲まれて、まるで天国を見物けんぶつしているかのような高揚感こうようかん多幸感たこうかんあじわえますね。

 王立近衛騎士団は本当に王族の身辺警護しんぺんけいごをしていて、お見かけしていません。

 おそらく、王宮主催しゅさい舞踏会ぶとうかいなどで使われる大広間おおひろまとおされました。

 そこにはふる木製もくせい長椅子ながいすならべられて、抜歯屋はかたって、隙間すきまをあけないようにすわるようめいじられました。


「王室侍従長のゼオールだ。

 商業しょうぎょうギルドかみサルメンタ本部ほんぶの使者にみとめられた、健全けんぜんなる抜歯屋諸君しょくん

 君等きみらには、王子殿下の歯並びをどうにかしてもらいたい。

 解決策かいけつさく提案ていあん謁見えっけんにて、一人ひとり時間じかん三分。

 事前じぜん情報じょうほうりたいものいまのうちに挙手きょしゅをしてくれ。

 出来できるる限り、こたえよう」

 ここで、口々くちぐち質問しつもんしました。

「魔術でどうにかすれば?」とか、「ポーションでどうにかすれば?」とか。

「王族は暗殺・謀殺をふせぐために、魔術をかけることが出来ないようになっている。

 ちなみに、ハイポーションではなおらなかった。

 出血無し。

 歯の一部がけているようなことは無い。

 歯の一部がれたりしていない」



 おや?

 二百人はいたのに、もう僕一人です。

 朝八時からずーっと大広間でっていて、途中とちゅうトイレにも行って、軽食けいしょくをいただいて、またトイレに行って、また待っていました。

 十時間も経っていて、夕方ゆうがた六時です。

 時間がどんどんってしまっていたのですね。

「イーツ・フォーリア。

 君が最後さいごのこった抜歯屋だ。

 来なさい」

ほかの皆さんは?」

「王妃陛下にむちの魔術でたれかけ、それをかばった騎士が騎士団が総出そうで手当てあてをしている」


 謁見えっけんからは血のにおいがしました。

「さっさと浄化じょうか魔術できよめなさい!」と怒鳴どなごえ廊下ろうかまでこえていますよ。

 ひと気配けはいもたくさんしています。謁見の間を出入でいりしているのは見物けんぶつ貴族きぞくでしょう。ヒソヒソはなしていますね。悪意あくいある笑顔えがおかべながら、僕を見下ろします。

つぎは子どもだぞ」

「親はしたか?」

「かわいそうに。王妃のむちは死ぬよりいたいぞ」

 騎士二人に担架たんかはこばれていく血だらけの騎士。抜歯屋を庇っていたのでしょう。


「抜歯屋イーツ・フォーリアをおれしました」

「国王陛下にわって、謁見の間へ入ることを許可きょかします」

 騎士アリスが僕をみちびいてくれるようです。


「王妃陛下に王子殿下の歯並びにかんして解決策を披露ひろうしなさい」とアリスに誘導されますが、僕はおうじるつもりはありません。

「披露出来かねます」


何故なぜなのかしら?」と声をはっしたのは玉座ぎょくざす国王陛下ではなく、鞭をにぎりしめる王妃陛下でした。

「では、王妃陛下。今まで何人の抜歯屋を鞭の魔術で傷つけようとしたか?

 傷つける前に、騎士がたてになって、抜歯屋を庇ったんでしょうね。

 何度も、何度も」

「息子の歯を治せないのに、抜歯屋を名乗るからに決まっているじゃない」

 王妃陛下は鞭打ちのばつ当然とうぜんのように言いはなちました。

「商業ギルド上サルメンタ本部長はいらっしゃいますね。抜歯屋として商業ギルド登録とうろくさいに、『王子殿下の歯を治せる』という条件は存在そんざいしますか?」

「……いいや」

 おや、返事へんじがありました。謁見の間にちゃーんと上サルメンタ本部長もいたようですね。かわいそうに、鞭打ちの魔術を十時間も見ていれば、具合ぐあいわるくなるでしょうに。

「では、王妃陛下は商業ギルド上サルメンタ本部に対し、正式せいしき依頼いらいを出しましたか?」

「……いいや」

「何よ!」

「つまり、僕等抜歯屋は善意ぜんいで王宮にけつけました。それなのに、王子殿下可愛かわいさに王妃殿下はわれうしい、鞭の魔術を濫用らんようしようとしましたね。

 僕は商業ギルドに所属する商売人しょうばいにんです。商売人にケガをわせた場合ばあい、商業ギルドは加害者かがいしゃばっすることが出来ますね」

「……そうだ。しかし、被害者ひがいしゃと加害者に身分差みぶんさがあれば、被害者は口をつぐむのが常識じょうしきだ」

「僕の両親もそれを心配しんぱいしていたのでしょう。両親によって僕は、王室侍従長の招聘状におうじるようにさとされました」

 上サルメンタ本部長は僕の失態しったいに、両手りょうてかおおおってしまいましたよ。

「王子殿下に母がいるように、抜歯屋の僕たちにも、抜歯屋を庇った騎士にも、母がいるんです。

 王妃殿下。貴方は自分の子が傷つけられても、平気へいきな母親ですか?」

だまれ!」

「貴方は本当に息子の歯を治したいんですか?

 それとも、抜歯屋への拷問を傍観ぼうかんして、何もしてくれないおっとへのにくしみを今度こんどは僕にぶつけるですか?」


「黙れ!黙れ!」


 王妃陛下のさけびだけがむなしく謁見の間にひびきました。

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