6話 木製入れ歯は生き恥なり!(後編)

「ふん。

 くち達者たっしゃなのはみとめる。しかし、貴族きぞく出身者しゅっしんしゃたいする礼儀れいぎらないな。称号しょうごう爵位しゃくいげん時点じてんられなていなくとも、たかがポーション調合師ちょうごうし息子むすこおなじにはならない。

 御前おまえ公爵こうしゃく令息れいそくであるわたしえる庶民しょみんであるなら、わずにくるしまれている祖父そふのご機嫌きげんってみろ」

 いさましいヴァレリオさま、の父君ちちぎみはどうなさったのでしょうね。

「父は魔物まものとの大戦たいせん戦死せんしした。僕の父親ちちおやわりは祖父だ。

『あいにく、祖父は溺愛できあいしていた父をうしなってから、まごたちをるのもおつらい。』そういうシナリオだ。

 しかし、実際じっさいちがう。専属せんぞく抜歯屋ばっしやをクビにして、木製もくせい入れ歯を断固だんこ拒否きょひする老害ろうがいだよ。あれもいやだ、これもいやだ。それなら、王都おうと町屋敷まちやしきではなく、田舎いなか修道院しゅうどういんはかにでもめてもらえばいんだ」

辛辣しんらつですね。令息れいそくみずか介護かいごなされたのでしょう。一日いちにちに、何度なんど着替きがえられているとおけします。

 ハンカチでききれなかった流動食りゅうどうしょくのこっておいでです」

「そうだ!祖父はいまもなお、流動食をらかしている。

 王宮おうきゅうまえに、わたしの祖父をどうにかしてくれ!」

 それからはすんなり、屋敷やしきなかへすぐとおされ、階段かいだんをのぼっていきます。どうやら、パーロ公爵こうしゃく閣下かっか直接直接出来できるようですね。とくに、いたくはないいんですが。王室おうしつ侍従じじゅうちょうからの招聘状しょうへいじょうかんする情報収集じょうほうしゅうしゅうもしたいところですし。きましょう。


 ゴロン。メイドが布袋ぬのぶくろからなにかをとしました。かびた何かです。

「入れ歯が落ちたぞ。祖父のれないように、さっさとかくせ」

もうわけございません、ぼっちゃま。旦那様だんなさまふるい入れ歯なら、うかもしれないと申されてためしたのですが……」と、あないた布袋をかかえたメイドもあわてています。

 この世界の抜歯屋は木製の入れ歯も簡単かんたんに作ってしまうのですね。

 ですが、不衛生ふえいせいですぐ黴てくさってしまうのでしょう。前世ぜんせ日本にほんでは、木製のおわんうるしって、防腐ぼうふしていましたけれど。

 入れ歯になってくれるスライム、いませんかね。


 メイドとヴァレリオ様が木製の入れ歯を一つ一つひろう中、あの声が聞こえてきます。

【おこまりのようだな。イヒヒヒヒ。安心あんしんしろ。ものすごいいたみとくるしみのうず遭遇そうぐうしている。何て、御前おまえ俺様おれさま幸運こううんなんだ!】

 抜歯屋ばっしやAエース

【おいおい。大事だいじ仕事しごとだろ?

 俺様の分身ぶんしん、抜歯道具を確認かくにんしていないのか?】


[道具名:兼抜歯用具]

[道具評価:評価不可(※禍々しい道具は、呪物・古の祭具の可能性があります。)]

[所有者:抜歯屋A→(貸し出し中)→イーツ・フォーリア君(九歳)]

[使用用途:抜歯/歯の研磨/抜歯屋Aとの通信/非杖型魔術出力装置/苦しみと痛みを記憶させることが可能/

[使用上の注意:誰かの頭の上に落としてはいけません。/抜歯屋以外は使用出来ません。/抜歯が終わったら、浄化魔術が自動発動します。次の使用まで、少々お待ちください。/生物・魔物一体の抜歯が終わるまで、他の物に抜歯することは出来ません。/。]

[禁忌:転売・譲渡禁止。/イーツ・フォーリアの死亡時に自動返却。/。]


おしえていただき、ありがとうございます。

『デンタルスライム、召喚しょうかん』」

 抜歯用ペンチをかかげると、ぷるるんとしたエメラルド色の不思議ふしぎなスライムが出現しゅつげんしました。

【ソイツ仲間なかまはずれがいやで、プレーンスライムに常時じょうじ擬態ぎたいしている。御前にばれたから、安心あんしんしてしん姿すがたあらわれたんだ。仲良なかよくやれよ】

「デンタルスライム、何が出来るのですか?

 僕に出来るかぎり教えてくださいね」


[生物名:デンタルスライム/イーツ・フォーリアに加護かごさずけしもの

[デンタルスキル:口腔こうくう衛生えいせいケア/歯列しれつ造影ぞうえい(プリンティング)/歯列最適化/木製入れ歯コーティング/歯茎はぐき切開せっかい無痛むつう)/口腔修復しゅうふく

[スライムスキル:擬態/かくれんぼ]

[その:デンタルスライム召喚の加護をあたえることが可能かのう。]


 ぷるるんと、僕の頭上ずじょうれています。安心あんしん出来る場所ばしょ確保かくほしたようですね。

「それでは、パーロ公爵閣下にお会いしましょうね」

「ま、て!

 父を殺した魔物と同族どうぞくのスライムを祖父の寝室しんしつれて行くのか!」

見世物みせものぎらいの抜歯屋ですから、スライムを連れ歩いてもだれらないということです。さあ、まいりましょう」

 コンコンコンコン。

 おや、ノックへの返事へんじがありませんね。

 ゴンゴンゴンゴン。

 おっと、つよくドアをたたぎました。こぶしいたいですね。

あしりましょうか?」

「さっさと入ればい。祖父は『食事中しょくじちゅう』で身動みうごきがれないんだ」



 寝室なのか、大広間おおひろまなのか。ものすごい規模きぼひろさですね。日当ひあたたりもし。まど頑丈がんじょうで、すこひらいた窓辺まどべから離宮りきゅうないもりのどこからかこえる野鳥やちょうのさえずり。ベッドサイドには厨房ちゅうぼう担当者たんとうしゃが歯の悪いお年寄としよりのために作った、ドロッドロの野菜やさいスムージーでしょうか。繊維質せんいしつのこっているので、くち歯茎はぐき隙間すきま歯垢しこうとしてたまっていきそうですね。

 寝台は天蓋てんがいおおわれており、ジタバタもがく音。執事しつじでしょうか。下僕フットマンでしょうか。栄養えいよう補給ほきゅうをさせるため、年寄りの両手りょうて両足りょうあしをおさえつけ、グラスの中身なかみを口のなかへゆっくりながしこんでいきます。

 寝台そばの絨毯じゅうたんには、グラスの破片はへんがあり、野菜や果物くだもの腐敗臭ふはいしゅうがします。

 公爵が何とかはらいのけて、失敗しっぱいした残骸ざんがいですね。片付かたづけるひまいということは、本当ほんとうませなければ危険きけん程度ていどには栄養失調しっちょうということでしょう……。


 寝台のそばには、ペンとかみ

 紙には、「木製の入れ歯などだんじて装着そうちゃくしない!」とか、「木製入れ歯ははじなり!」とか。

 すべなぐきの文字もじ嗚呼ああ、プライドたかいですね。それでも、教養きょうようあるうつくしいき文字。

「ペーロ公爵閣下。お会い出来て光栄こうえいです。抜歯屋のイーツ・フォーリアと申します。

 これから、入れ歯を作りえますので、デンタルスライムを口にふくんでください」

「魔物を口に入れるなど拷問ごうもんけさせるつもりか!

 いくら、スライムが魔物の口を住処すみかにしているとはいえ」とおじいさんがにぎりしめているペンが紙の上をすらすらうごきます。

「スライムの生態せいたいをごぞんじなんですね?

 まずは口腔内の解析かいせきをさせましょう。『歯列しれつ造影ぞうえい』」

 レントゲン写真のような黒地くろじの印刷物がデンタルスライムからペラッと一枚出て来たかと思ったら、何と折紙おりがみるようにパタパタ変形へんけいしていきます。歯型はがたです。(まあ、歯が無いので、歯茎の型ですね。)

「歯型がれたようですね」

 そこへ美しい木材もくざい端材はざいが十点運ばれてきました。

「黒過ぎず、白過ぎない物は?」

「こちらになります」

「では、閣下。端材をくわえてください。

 デンタルスライム、型を取りこんでください」

「『木製入れ歯コーティング』」

 デンタルスライムが一瞬いっしゅんで端材と老齢ろうれい男性だんせいの口を覆いくしてしまいました。

 うなごえをあげるまえに、すぐにデンタルスライムが公爵からはなれました。

 役目やくめえたことをさとって、えてしまいました。召喚を終えたということなのでしょう。


「全てスライム、全て木製。そうするのは公爵閣下がこばまれました。

 ですので、スライム半分はんぶん・木製半分。半分半分我慢がまんしていただくことにいたしました」

 おじいさんの口の中へ出来上がった、入れ歯を押しこみます。

「では、これはなんだ?」と自然しぜん言葉ことばはっして、おどろかれています。

「デンタルスライムです。

 おにくをしっかりめば、消化不良しょうかふりょうこすことはありません。消化器官しょうかきかん負担ふたんらせます。

 お孫さんとの会話かいわが一番のたのしみですよね?」

「しかし、腐った歯のっこはどうした?」

 すると、デンタルスライムが申し訳なさそうにさい出現。僕の手のひらに、公爵の歯茎に残っていたれた状態じょうたいのまま放置ほうちされていた歯根しこん十一本が、って来ました。


「……おじい様、どうですか?」


違和感いわかんい。素晴すばらしい。

 ヴァレリオ、素敵すてきな抜歯屋さんをれてきてくれてありがとう」

「いえ、違いますよ。

 僕は王室おうしつ侍従長じじゅうちょうより招聘状を受け取った抜歯屋です」

王子おうじ殿下でんかよりも私の入れ歯を優先ゆうせんさせたのか!

 ヴァレリオ!嗚呼!

 王妃おうひ陛下へいかがおきになったら、処刑されるやもしれん!」

「僕は抜歯屋です。お口でおこまりの方々かたがたに貴族も庶民もございません。王族なんてくもうえ存在そんざいですし、お気になさらず。

 不快感ふかいかん違和感いわかんを感じないように最適化しています。しかし、かたちある入れ歯です。

 公爵閣下の歯茎の形も徐々に変化へんかします。歯茎せは心配ですね。

 そうですね。

 半年はんとしに一度、定期的ていきてきにデンタルスライムを使って入れ歯の最適化をおこないましょう。

 半年後もスライムが絶滅ぜつめつしていなければのはなしになりますが」

「何でも、私をたよりなさい!」

 おじい様は太っ腹ですね。これで、情報が聞き出せます。

「王子殿下よりも先に、というご発言はつげんです。いったい、王子殿下はどうなさったのですか?」

「おじい様、国家機密こっかきみつですよ」と孫は止めに入ります。

「抜歯屋イーツ殿どの

 歯列が悪いということで、社交界しゃこうかいに出られない貴族が一定数いっていすういるのです。

 たとえば。成人後せいじんごも、落馬事故らくばじこで歯を失った者は晩餐会ばんさんかい舞踏会ぶとうかい、ガーデンパーティーも体調不良たいちょうふりょう欠席けっせきしなければなりません」

「我が息子の最期さいごもそうです。魔物におそわれ、歯が無く、石を詰めて、口をじました。

 そうして、黒い布で顔の下半分を覆いました。

 それほどまでに、上流じょうりゅう階級かいきゅう社会しゃかいは、上等じょうとう血統けっとうほかに、絶対的ぜったいてきうつくしさをもとめるのです」

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