【閲覧注意】密猟の夜~黒衣の酒~(酒場の主視点)

 ここは王都おうとの、あるしゅ伝説的でんせつてき酒場さかば「プス」。

 あらくれものも、放浪者ほうそうしゃも、りつかない。

 王都の「うみ」はこの酒場がけて来たからだ。

 とびら世界中せかいじゅうのどんな扉よりもおもくしてある。王都の無知むちっぱらいが間違まちがっても、はいって来ないように。

 なにせ、この酒場はお上品じょうひんかみサルメンタ本部ほんぶにも、いきしもサルメンタ本部にも出ないような、やみ依頼いらい掲示板けいじばんがある。


 ヒソヒソごえや、独特どくとく非言語ひげんごコミュニケーションで、手文字てもじゆび文字、目配めくばせ、筆談ひつだん

 悪事あくじのための密談みつだんしかされていない。

 そう、まえのテーブルでも。

「ピエト、ドォーモ。いたか?

 下サルメンタ本部長ほんぶちょうばれたブリッラ支部長しぶちょうがおかしなことをはなしていたんだぞ。

 ポーション調合師ちょうごうし息子むすこ秘匿ひとく商談官しょうだんかんとスライムの密売みつばいをしようとしているってな」

「本当っかよ?なあ、さけもうぜ」

「上サルメンタ本部にスライムを上納じょうのうしてるんだろ?

 だから、おとがしなのさ。

 おかげで、密猟者みつりょうしゃ他国たこくのこすくないスライムをねらって、この国から脱出だっしゅつしたとさ」

「本当っかよ?なあ、酒っ飲もうぜ」

「ドォーモ、だまってろ。

 上サルメンタ本部だけにみつわせて、黙認もくにんさせているのか?

 そりゃあ、せしめで殺されても文句もんくえねえな。

 ボスコ、依頼いらいけるのか?」

 三人はひややかしではない。なかなかあらわれることがい、掲示板のまえにいる黄衣きいの男を遠巻とおまきに見ている連中れんちゅうとはちがう。

 ボスコ、ピエト、ドォーモの三人組は黄衣の男のかたたたいた。

「テンピの森にあるスライムの密売組織を壊滅かいめつ、密売組織のトップであるイーツ・フォーリアおよび家族かぞくを暗殺しろ。

 計画けいかく完遂かんすいするなら、スライムは自由じゆうってい。

 依頼は以上いじょうだ」


庶民しょみんがいつまでも、貴族きぞくにペコペコしているとおもったらおお間違いだ。

 のろしをげるぞ!」

 ボスコはそう言うと、「黒衣こくいの酒」を注文ちゅうもんした。

「黒衣の酒を四つ。

主人しゅじんんでくれるな?」

御代おだい結構けっこうでございます。

 葬送貨そうそうちん代わりに黒衣の酒をどうぞ」と酒場のあるじとして、普段ふだんはプスのきゃくに出さない、特別とくべつな、この酒場での別名べつめい臨終酒りんじゅうざけ」をう。


 暗殺は計画だけでも、国賊とみなされる。

 酒場は暗殺計画をらしてはならない。


 暗殺に失敗しっぱいして、かえち。

 相討あいうちで、共倒ともだおれ。

 暗殺に成功せいこうしても、バレれば極刑。


 現在げんざい形骸化けいがいかして、葬送貨わりに黒衣の酒をおくるにとどまっている。


 ここの酒場は、歴史れきしうごく酒場。

 酒場のかべには、ここで暗殺の話しいがおこなわれたあかしがある。年表ねんぴょうのように酒場の主が年月日ねんがっぴと暗殺された被害者ひがいしゃ名前なまえられている。


「『暗闇くらやみ乾杯かんぱい』」と、酒場の主として、葬送者として、黒い酒が入ったさかずきかるかかげ、乾杯の音頭おんどる。


「「「暗闇に乾杯」」」


 みなしずまりかえっているなか

「誰が標的ひょうてきなんだい?大隠遁者だいいんとんしゃダリオ・グラーノの次だよ」と古参こさん常連客じょうれんきゃくやかしの声をかける。

「成功したあかつきには、抜歯屋ばっしやってきざんでおけ」



 暗殺者三人と黄衣の男が酒場をあとにした。

「……」

 大隠遁者ダリオ・グラーノは王都に来ると、ここの酒場で黒衣の酒を飲んでいた。

 本来なら、暗殺者のための酒だが。

 そもそもは貴族向けの贅沢ぜいたくな酒だ。

 彼は戦乱時代、多くの暗殺を完遂させた。

 そんな彼も、ここの酒場で出された暗殺依頼によってテンピの森で絶命したとされている。

 その遺体いたいをきちんとほうむったイーツ・フォーリアという少年が今度こんどは暗殺対象となってしまった。


「なあ、あの子どもじゃないか?」

「黙っとけよ。暗殺に口出くちだししないのがここの酒場のマナーだぞ」

「だが、子ども殺しなんて……せっかく、王子おうじくちなおったんだぞ?」

「貴族にペコペコする商売人しょうばいにん目障めざわりなんだろうよ」

 酒場はいつの間にか、またヒソヒソ密談が再開さいかいされる。

 あやしい話、だまし合い。

 行儀ぎょうぎの悪い客は酒場の主が動くひますらなく、常連客にされる。

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