第5話 フードコートとウォーターサーバー
「これで最後だったか」
俺は、特売品のゼリーに手を伸ばした。
すると。
「ん?」
「えっ」
制服姿の女の子と手がぶつかった。
夜に近い時間帯からして、学校帰りの買い物で寄ったのだろう。
発育のよさを見ると、中学生ではなく俺と同じで高校生か。
「俺が先だったと思うんだけど」
「そうかもしれません、でもゆずってもらえませんか?」
切実な願いを秘めた視線が、俺の良心をゆさぶってくる。
「来客用かなにか?」
「そんなところです」
深追いは禁物か。
俺は女の子に触れていた手を引っ込めた。
「ゆずるよ。……仕方ない、弟の誕生日だったけど別のもんを食わせてやろう」
「えっ、あなたもですか?」
あなたも?
俺が怪訝に思って眉根を寄せると、女の子は語り始めた。
「うちは妹が誕生日なんです。でもケーキなんて高価なもの買えるだけ家計に余裕がなくて……せめて妹が好きなゼリーを買っていってあげようかと」
おおお……なんてこった。
うちと変わらないじゃねえか!
「うちもそんなもんですよ。いいですよね、ゼリー。お買い得なのにおいしくて」
「ですよね! お歳暮にも贈られるほどですし!」
「俺たちが奪い合っていたのは、お歳暮に贈るにしては寂しい特売品ですけどね」
「確かに! あはははっ」
俺は調子に乗ってしまって。
「よければフードコートでお話でもしませんか? あ、いや初対面なのに失礼……」
「いえ、私もお話してみたいと思っていたんですよ」
「そうでしたか! でも、恥ずかしながら奢れるほどお金は持っていなくて」
「飲み物はウォーターサーバーで、ですね?」
「わかってらっしゃいますね!」
「ふふふ」
「ははは」
俺たちは、ふたりして顔を見合わせて、苦笑してしまった。
そして、フードコートへ移動して、少しだけお話をすることにした。
はじめに知ったのは、俺のうちも彼女のうちも片親で、夜遅くまで帰ってこないということだ。つまり、家事や育児は俺たちの仕事ということになる。それを踏まえて会話を進めた。
「今日のメインのおかずは何にするおつもりなのですか?」
彼女が聞いてきた。
「ツナ缶を開けようかと」
「あらまあ! うちといっしょですね!」
「え、ほんとに? いいですよね、ツナ缶……。日持ちはするし、おいしいし」
「ごはんにも合いますからねえ」
なんだろう。
彼女を他人だとは思えない。
話が合いすぎる。
……楽しすぎる。
自分のことを不幸だとは思わないが、うちよりも貧乏をやっている友人や知人を俺は知らない。今日、はじめて自分と対等のひとと出会うことができた。運命ってやつだろうか?
「そちらの弟さんも心細い思いをしているでしょうし、そろそろ出ましょうか。妹も待っていると思うので」
「おっと、長居をしすぎましたね。引き留めてすみませんでした」
「いえ、私はとっても楽しかったです!」
「俺もですよ……でも」
「?」
これでお別れなのは残念すぎる。
もっと話をしたかった。仲良くなりたかった。
俺がうつむいているのを心配したのか、彼女は顔を近づけてきて……
「あれ? 私どうしちゃったんだろう……」
泣いていた。笑顔のまま、目に雫を溜めていた。
なんだ、想いは同じだったんじゃないか。これで間違いだったら恥ずかしいけど。
「あの、きみさえよければだけど、また俺と会ってくれないか?」
「え、えええ!?」
「駄目……かな?」
「そ、そそそんな! も、ももも、もちろんです! ぜひまた!」
よかった。
俺は安堵の表情を浮かべる。
でも……、俺たちはお手軽な連絡手段を持っていない。
スマートフォンなんて月額うん千円も持っていかれる高級品など縁がないのだ。
……だから。
「これが俺んちの固定電話の番号です」
「私のうちはこの番号です」
固定電話で事前に連絡を取り合って、このフードコートで会うことになった。
離れた場所でウォーターサーバーがごうごうと音を立てているように聞こえる。
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