第10話 掃除と泥とスニーカー

「はあ、ついてねえ……」


 俺は、係員を決めるホームルームで、飼育係に割り当てられてしまった。

 これから獣くっさい小屋を掃除しなければならない。

 考えただけで気分が沈む。


 小屋の前までとぼとぼと移動し、立ち尽くす。

 鋼線を張り巡らせた小屋のなかでは小動物たちが元気そうに動き回っている。

 

 どれくらい突っ立っていただろう。

 不意に背後から声がした。


「はあ、ついてないわね……」


 振り返ると、明らかにやる気のなさそうな女子が、力なく近づいてきていた。

 俺ひとりが飼育係ということはないと思っていたが。

 力仕事に女子を? 人選まちがってね?


「そこのボケッと突っ立ってるあなたも飼育係?」

「お、おう……」

「そう。他にも係になった人はいるのかしら」

「わからん。いまんとこ俺たちだけだ」

「そう」


 女の子は俺の横を素通りした。

 どこに行くのかと思いきや飼育小屋の横に設置されている物置だった。

 振り返り、戻ってくると、手にはデッキブラシを握られていた。


「ん」


 柄の部分を俺の胸に押し当ててきた。

 どうやら床をこする仕事を任せたいということらしい。

 まあ、いいよ。どうせ汚れ仕事だと覚悟してきてるし?


「で、きみは何をするんだ?」

「蛇口から伸ばしたホースで床に水を撒いてあげるわ」

「……」

「なにか文句でも?」

「いいや」


 女の子に汚い仕事をさせるのはさすがに気が引ける。

 彼女が少しでも手伝ってくれるというのならそれでいい。


 俺たちは掃除をはじめる。


 彼女はホースで運んできた水を泥の塊となっている床に撒いて、固さを緩和する。

 俺はその場所をせっせとデッキブラシでこすって、表面を削っていく。

 はじめての共同作業にしては順調なのではないだろうか。


「今日中に終わらせるのは無理ね」

「まあ、そうだな」

「他の子はこなかったわね……」

「汚れたくなかったんだろ」


 俺がそう言うと彼女はふふっと笑った。


「そう言えばあなた、足が泥だらけよ」

「そろそろ履き替える予定の靴だったから問題ねーよ」


 嘘です。

 ほんとはお気に入りの靴でした。

 あーあ、ちょっと可愛い女の子の前だからって、見栄なんて張るんじゃなかった。


「続きはまた明日ね」

「明日もやんのかよ……やる気あるんだな」

「そう見える?」

「見えるが」


 頼りにしてるわ。

 そう言って、彼女はホースを片づけて校舎の中へと消えていった。


 俺は泥まみれになった靴に視線を落とし。

 なにかを失ったが、それ以上になにかを得た高揚感がやってきたのだった。



 ――ってのが昭和後期に産まれたおれの叔父さんから聞いた話さ。



 ◇ ◇ ◇

 

 文末を修正しました。(2022/09/01 16:09)


 旧:なにかを得て、なにかを失ったような微妙な気分になったのだった。


 追加:

 ――ってのが昭和後期に産まれたおれの叔父さんから聞いた話さ。

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