第17話 ねこ。
「うーん、どう思う?」
「僕は好きだけどなあ」
昼下がりの夏休み。
俺と友人は、学校の校庭に面しているベンチに座っている。
そして、友人は紙束を眺めていた。
俺が書いてきた小説を読んでもらっているのだ。
と、言っても、オリジナルの作品ではない。
有名な曲のメロディや詩からインスピレーションを得て書いた、二次創作。
家で読んでもらうのも考えた。
でも、どちらの親に見つかりたくなかったので、待ち合わせを学校とした次第。
ドキドキしながら友人の横顔と原稿に視線をうろつかせる。
「うん。いいと思うよ」
「……やっぱり駄目だ。これじゃあオリジナルに失礼だってば」
そうかなあ?
と、友人は首をかしげる。
俺はもやもやした気持ちを晴らすべく、もうひとつの紙束を出した。
「こっちはちょっと気分転換に書いたもん」
「へえ、読んでもいいんだよね?」
「ああ」
タイトルは『とら。』だ。
オリジナルの『ねこ。』という曲は、自由奔放ながら悩みの多い様を描いていた。
心に染みるいい曲。
対して『とら。』は何にでも喧嘩をふっかけボロボロになる暴力的な面ばかり。
どん引きされるだろう。
ぶっちゃけ、おふざけだ。
ぺらぺらとページをめくる音が、俺の耳に届く。
遠くでキンッと金属音がした。野球部が練習しているのだろう。
しばらくして。
「あははははは」
隣から笑い声が聞こえてきた。
「いや、いいね。これも僕は好き。特に『がぶりとお前を食べちゃうぞ』のところ」
「そうか?」
「うん。肉食獣の虎が食べるのと、肉食系男子が女子を食べるのをかけたんでしょ」
「わかるか」
「長い付き合いだからね」
友人とは中学で出会って、高校まで一緒になっちまった腐れ縁だ。
俺の意図を汲み取るすべに長けていても不思議ではない。
だからこそ他の人の意見も聞いてみたいのだが……。
「ねえ、他の人に見せてみたら?」
「いやだ。ボロクソに叩かれるだろうからな」
「ふーん、と言っても遅いんだけどね」
「なに? どういう意味だ?」
「いや? あ、もうちょっとかかるから、飲み物でも買ってきてよ」
「お、おう」
そんなこんなで、俺が学食裏に設置されている自販機からジュースを買って戻ってみると……。
「こんにちは」
「誰だ……あんた?」
見知らぬ女子がいた。
どこか理知的に見えるのは、逆三角の形のレンズをはめ込んだ眼鏡をしているからだろうか。やわらかそうな頬と、小さな唇に目を惹かれる。
友人はその隣でニコニコ笑っている。
女子は立ち尽くしていた俺を見ると、ニヤリと微笑んだ。
「文芸部の者よ。いいお話を書く人がいると聞いたので拝見しにきました」
「僕が頼んだんだー」
ファインプレーでしょ、と友人は胸を張る。
どこがだよ! と俺は睨みつけて抗議した。
がもう遅い。彼女は『ねこ。』を読み終えたらしく『とら。』の紙束を手に持っているところだった。俺から視線を外し、原稿に戻した。
もうどうにでもなれ、と俺は腹をくくって感想を待った。
緊張で心臓がバクバクいっている。
しばらくして……。
「ふーん、よく書けているじゃないの」
「ほ、ほんとか!?」
「ええ」
文芸部に褒められると悪い気はしない。
きっと普段から本をいっぱい読んでいるスペシャリストだろうから。
「でも、『とら。』はよしたほうがいいかもしれないわね」
「な……に……?」
「歪んだ性癖がこれでもかってほど読み取れるから」
ぷすっ、と文芸部の女の子は息を吐いた。
「はい、返すわ」
「……」
やな女、やな女、やな女!
俺のなかで彼女の第一印象が決定的に固まった。
「面白いのが書けたらまた見せてね」
「もう見せねえよ!」
なんだこいつは。
友人も余計な真似をしてくれたもんだ。
確かに俺はいい小説を書きたかった。
が、こんな嫌な思いをしたかったわけじゃない。
むかつく、むかつく、むかつく!
俺は必死に紳士の笑顔を作って、彼女を見送った。
怒りは収まらず、とりあえず友人に罵詈雑言をぶつけておいた。
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