第16話 学食はその恋わずらいを見ていた。
昼の食堂は、生徒たちであふれかえっていた。
テーブル席に座っているみんなが視線を下に落とし、どんぶりや皿を見ている。
メニューはいろいろだ。
うどんに、そばに、唐揚げ定食、焼き魚定食などなど。
そんななかで、おれは人気のカレーを選んだ。
指定の金額を機械に投入し、食券を吐き出させる。
「ん?」
ふと、俺が押したカレーのボタン表示が変わったような気がして、再確認。
『売り切れ』という文字が赤く光っていた。
どうやら前の授業が体育で着替えのため出遅れたこともあって、これが最後だったようだ。危ないあぶない。
さてっと。
食券を学食のおばちゃんに見せて、カレーをもらってこないと。
そう思って、進もうとした次の瞬間だった。
「あうう……売り切れてる……」
小鳥の鳴き声を思わせる声が背後から聞こえた。
振り返る。
小柄で、触れたら簡単に折れてしまいそうな、儚げな女子が立ち尽くしていた。
ブレザーの上からでもわかる細い腕。
お人形さんがそのまま成長しました、と言っても信じそうになる手と手首。
スポーツとは無縁だったとわかる筋肉のついていない足が、スカートから伸びる。
顔も童顔だった。
お目々ぱっちり。
頬肉ぷにぷに。
それでいて吸い込まれそうな魅力を秘める厚さのくちびる。
「カレー……食べたかったのに……」
どうやら彼女もカレーを注文したかったようだ。
しかし、ひとつ前の客である俺で、品切れ。
誰も悪くはない。強いて言うのなら、カレーを頼んだ学生みんなのせい。
だが……。
「あ、あのさ」
俺は券売機の前でしょんぼりしている彼女に話しかけた。
彼女も反応する。
「よかったら、これ使ってよ」
自分の食券を差し出す。
われながら見栄を張ったもんだ。
「いいんですか!」
彼女は、たんぽぽの花が咲いたように、落ち込んでいた顔から一変した。
とても癒やされる笑顔だ。
「お金お支払いしますね! すこし待ってください……」
「あ、いいよ。おごるよ」
「そんな! 悪いですって!」
「おこづかい余ってるから平気さ」
俺は強がってみたものの、実は出費が痛いと思っていた。
あまり遊ぶほうではないのだが、趣味で漫画やライトノベルを購入して読んでいるため、お金にあまり余裕はない。なぜたかだか本があんなに高いのだろう? 学生としては切実な問題だ。
そんな俺の微妙な心情を見抜いたのか、彼女は言う。
「じゃあ、わたしにもおごらせてください!」
「え」
「お返しですよ」
「いや、悪いって」
「ふふっ、さっきも同じやり取りをしましたね」
「……」
返す言葉もねえ。
俺は彼女に従うことにした。
「じゃあ何がいいですか?」
「腹に溜まるもんならなんでもいいんだけど」
「さ、さすが男子……よく食べるんですね。成長期だったりします?」
「いや、単に燃費が悪いだけ」
俺は苦笑しながら答える。
おもしろい女の子だなあ……想像力があるというか。
「なら、てんぷらうどん特盛りなんていかがでしょう? まだ在庫あるみたいです」
「え、それは……」
ぶっちゃけ、ちょーお高いメニューである。
カレーとの交換では割に合わない。
俺はなんだか悪いことをしてしまったような気がして、しゅんとうなだれた。
「あれれ? ひょっとしてお気に召しませんでした?」
「いやいやカレーの倍はお金を使わせちゃうじゃん」
「それがなにか?」
「見合ってないって」
「わたしの気持ちぶんを上乗せしました!」
「そ、そうなの?」
「はい!」
ひょっとしてお金持ち?
勘ぐってみたりするも失礼というもの。
ここは厚意だけ受け取っておこう。
「ところでおひとりですか?」
「まあな。あ、友だちがいないとか思った?」
「あはは、思いませんよ。ひょっとして授業の片付けかなにかで遅れたのかなーと」
「するどいなあ……」
「かく言うわたしもそうなのです!」
「威張るところ!?」
やっぱり面白い子だと俺は再認識した。
「よければいっしょに食べませんか?」
彼女が提案した。
「もちろん」
断る理由はない。
こうして俺と彼女は学食で同じ時間を過ごした。
どうしてだろうか。
ゴージャスなてんぷらうどんを食っているのに、なんの味もしない。
なんだか蜜のような甘い匂いがする……。
不思議に思って対面に座る彼女を見た。
すると胸の下から上に向けて熱が吹き出てくる感覚に襲われた。
――いったいなんなんだ、これ。
俺は食べ終わってもその正体に気づくことはできなかった。
ただ、美味しそうにカレーを頬張っている彼女の表情だけが、すごく印象に残っている。すごく……すごく……。
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