第15話 妄想の有能
「今日から一緒に働いてもらう矢島くんだ、それぞれ頼むぞ」
バイト先の店長が、数少ない店員を集めてそう言った。
俺が選んだのはコンビニの店員だ。
よく利用していたところで、規模も小さい。
カラオケ屋も面接を受けたのだが、さすがに競争率が高く落とされた。
高校生でもできる仕事なんて限られているし、贅沢は言っていられない。
店長は用事がある、とかよくわからないことを言って出ていった。
あとには俺と、もう2人のバイト仲間が残される。
なにも知らない俺はうろうろしながら、バイト仲間に指示をあおいだ。
「あのぉ、俺は何をやったらいいんですかね?」
「他のコンビニでの経験はあるの?」
「ないです」
「素人なのね」
俺の教育係を買ってでてくれたらしい、ひとりの女の子。
童顔ながらお人形さんのように陰影のついた顔立ちだ。
「こっちにきて」
後ろから見えた姿も素敵だ。
セミロングの髪をゴムひもで留めて、後頭部から尻尾が生えたようだった。
左右にぷるんぷるんと髪の毛の束が揺れる。
尻尾を振る子馬を想像してしまった。
笑いそうになるのをこらえながら、俺はついていく。
従業員しか入れない場所に案内された。
「ここからバックヤードね」
「バックヤード?」
「そう。従業員専用の区画のこと」
「へえ……」
知らない用語を頭に染み込ませた。
新しい仕事だし、細かいことも覚えておかなければ。
バックヤードの隅に着いた。
床と並行で円形に広がっているブツの前にある。
――なんだこれ?
俺は凝視した。
長く太い金属製の柄が伸びているので、床に這わせて使うものではなかろうか。
円形が浮いているように見えたのだが、よく見れば底にブラシがつけられている。
「これを使って店内の床を綺麗にしてもらえるかしら?」
「な、なんすか、この奇妙な物体……」
「業務用の掃除機よ。見たことない?」
そう言えば、駅のホームでゴーゴーやかましい音を立てて床を擦っているのを見たことがあるような……。
「時間の空いた時ならレジ打ちも教えるけれど、これからちょっと忙しい時間なの」
「わかりました、これ使って床を掃除すればいいんですね」
「うん。あと、在庫の補充もお願い。バックヤードにあるから」
「はい」
「わからなかったら聞いてね」
「たぶん大丈夫です」
さすがに補充くらいは教わらなくてもできる。
俺は、コンビニの制服に着替えた。上から羽織るだけの簡単なものだ。
すると彼女が声を張り上げた。
「さあ、乗り切るわよ!」
「へ?」
夕方が終わろうとし、夜との境が曖昧になる時間帯……。
どっ! と店内に客がやってきた。
客として入店した時は気づかなかった。
しかし、接客の立場になると、これは恐ろしい。
どんなハプニングがあるかわかったものじゃない。
俺は慎重にそろりそろりと業務用の掃除機で、人の合間をぬいつつ掃除していく。
夜勤の人たちがくる交代まで「なにも起こりませんように」と祈りながら、だ。
こええ……、こええよ……。
本格的な夜になり、さらに人が増えてきた。
掃除は駄目だ、と判断した俺は商品の補充に専念する。
と言ってもどの商品がどれだけ減るのかわかりゃしねえ!
俺は急いで店舗を見て回った。
明太子とシーチキンのおにぎりが、かなり減っていた。
そう言えば自分もよく手に取っていたことを思い出す。
こんなところにも需要と供給があったんだな、と現実逃避。
他にも菓子パンやスイーツや飲み物などがなくなりかけていた。
――や、やべえ!
俺はバックヤードを行き来して、商品を冷蔵庫と冷凍庫から取り出し補充する。
ドリンクはどう補充すべきか迷った。客がひっきりなしにやってくるので、目の前をさえぎって商品を追加するのも急かすみたいだし、失礼かと思ったのだ。
と、そんなふうに迷っていると裏道を発見。ドリンクコーナーの後ろにつながっていた。なるほど、後ろから追加できる仕組みのようだ。よくできている、と感心……している場合か。
ひぃひぃ言いながら俺は働いた……。
夜10時になり、ようやく業務から解放される。夜勤組との交代だ。
もうへとへとだった。精神的に削られた。
バックヤードに逃げ込んだ……。
「おつかれさま」
教育係の彼女もあがりなのだろう。
俺のすぐ後から入ってきた。
彼女の姿を見て、俺はうつむく。
「なにもできませんでした……」
しょんぼりとした声を漏らす。
自分が情けなかったのだ。もっとバリバリ仕事をこなす姿を想像していたのだ。
それがこのザマだ……。
もう辞めたい。そんなことを考えていると彼女はニコリと笑顔を見せて。
「忙しい時間に在庫の補充をしてくれただけでもありがたいわよ」
「そうですか……?」
「ええ、こっちはレジにつきっきりになっちゃうし」
「少しでもお役に立てたのなら……嬉しいです」
これからもよろしくね!
そう彼女は言うと、コンビニの制服を脱ぎ、下に着ていた姿に戻る。
しわの寄った学校指定であろう制服が、労働のキツさを物語っていた。
ここで逃げちゃだめだ。
同じ高校生の彼女が弱音のひとつも吐かずに頑張っているのだ。
それなのに、たった一日。労働するという側面を見ただけで尻込みした。
情けない、情けない、情けない! 俺は自分が許せない……!
なんなら、彼女を支えられるくらいの戦力になりたい。
そう思いつつも口には出さず。
「はい、これからもよろしくお願いします」
とだけ答えた。
はっきりと。しっかりと……。
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