第13話 みるくはいかがですか?
昼下がりの日曜日。
俺はいま、母ちゃんに連れられて隣の家の玄関に通されたところである。
うちの新居とあまり変わらない、どこにでもある住宅街の一軒家だ。
隣んちの母さんらしき人が、スリッパの足音を鳴らしながら近づいてきた。
上がりかまちのところで彼女は止まった。
先んじてうちの母ちゃんから挨拶をする。
「隣に引っ越してきた三島です。こっちは息子の賢吾。よろしくお願いしますわ」
「あらまあ、ご丁寧にどうも!」
俺は照れながら、ぺこりとお辞儀をした。
そして、母ちゃんから早くしろと突っつかれて紙袋を差しだす。
こういうの慣れてねえんだよなあ……。
「こ、これ、お口に合うかわからないですが……」
「利発そうなお子さんですね! ありがとう。娘と同年代くらいかしら?」
「娘さんがいらっしゃるんですか?」
と、俺のやり取りをさえぎって母ちゃんが聞いた。
「ええ! ちょっとお待ちくださいね」
隣んちの母さんはそう言うと、階段の上、2階に向かって声を張り上げた。
「みるくー! 新しく越してきた方々よー! 出てきて挨拶なさーい!」
どうやら、娘さんの名前は、『みるく』と言うらしい。
人の名前をどうこう議論したくはないが、独特のセンスで名付けられたと思う。
「はぁーい、いま行くぅー」
間延びした声とともに階段から降りてきたのは、たしかにみるくだった。
牛乳的な意味で……いわゆる牛乳……爆乳……。
名は体を表していた。
あ、いや、俺はなにを考えているんだ。
互いに向かい合う位置関係。
「……」
「……」
みるくさんは、じっと俺を見つめてくる。
俺もみるくさんを見つめ返す……胸に視線がちらちら行っちゃうけど。
「おかあさん、このひと変態だよ」
「なに言ってるのみるく、失礼でしょ!」
「だって、わたしのこといやらしい目で見てくるもん。他の男と同じだよー」
やばい! 初対面で嫌われた!
俺は必死になって謝る。
「いや、きみがあまりにも綺麗で見とれちゃったんだ!」
「へえ、どんなところが?」
「お人形みたいな顔立ちとか、つぶらな瞳とか、服からはみ出た真っ白な肌とか!」
「あっそ」
彼女はそっぽを向いてしまった。
がーん。俺はショックを受ける。このままお隣さんの美少女に嫌われたままなんて絶対に見過ごせない。なんとかしたい。でも方法が思い浮かばない!
「ま、あなたもそれほど悪い見てくれじゃないわよ?」
「!?」
褒めてくれた? 許されたのか?
「見た目だけで判断するやつは大嫌いだけれどね」
「……」
釘を刺された気分。
まあいいさ。これから親睦を深めていけばいいんだ。
初対面でいきなり好感を持ってもらおうなんて、贅沢な発想はいけない。
「なんだか気分が悪そうだけれど、だいじょうぶ?」
「……まあ、な」
きみのせいですよ?
わざとだったら、ちょっと性格が悪そうですねえ。
俺たちがあれこれやり取りをしている最中も、奥様たちのおしゃべりは続いていたようで。
「ああ、挨拶をするだけのつもりが長居をしてしまいましたね、申し訳ありません」
「いえいえ! 何か困ったことがあれば気兼ねせずに頼ってくださいな」
そろそろ帰る頃合いのようだ。
俺は、みるくさんに向かって、しょんぼりと。
「じゃ、じゃあこれで……」
「うん。綺麗って言ってくれてありがとう」
「え」
俺はびくんとけいれんしたように立ち止まり。
「褒められて嬉しくない子なんていないわよ。『また』ね」
去り際に振ってきた彼女の台詞で、浄化された気分になった。
扉の向こうに姿が消えてゆき……ばたんと音が鳴る。
がちゃり。鍵が閉められる。
俺は自分のことを、さながらお姫さまとの密会を禁じられた騎士のように思った。
女の子の言葉ってすげー破壊力がある……。
俺は玄関扉が閉まった後で大きく飛び跳ねて喜びを爆発させた。
「はあ。馬鹿な子……」
母ちゃんの一言がぐさりと刺さった。
けれど、あまりある達成感でそれどころじゃないのだ。
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