第27話 その男子高校生は音で涙を流していた。

 放課後の音楽室にて、俺は自前のギターをかき鳴らしている。

 以前は軽音部として活動していたものの、先輩たちは受験が近いこともあって引退してしまった。


「ふう……上手い下手とかどうでもよかったんだな」


 今更ながらに気づく。

 俺は先輩たちとみんなで奏でる音楽が好きだったのだ。

 ひとりで広い音楽室に音を満たしたところで、俺の心は満たされない。

 自然と悲しげな曲を選び、弾いた。


 と、そんな時だった。


「こんにちはー、失礼します」


 音楽室の扉が開かれ、廊下から一学年下と思われる女の子が入ってきた。

 なにか用だろうか?

 女の子はゆっくりと俺に近づいてきた。


「続きは弾かないんですか?」

「続き?」

「放課後に音楽室で軽音部のライブがあると先生から聞いたのですが」

「……」


 あの顧問はまた適当なことを。

 まあ確かにライブをしていたと言えなくはない。

 客はいなかったけれど。


「続き、聴きたいか?」

「はい」


 俺が尋ねると、女の子はにこにこ笑いながら肯定した。


「曲は適当でいいか?」

「おまかせしますよ」

「しかたねえな……」


 俺は適当に3,4曲ほど演奏した。

 後で気づいたのだが、どれも悲しげな曲調のものばかりだった。

 女の子が涙を流していたので、何事かと思い問い詰めたところ、気づいた次第。

 俺の悲しい感情が音色に乗っていたらしい。


「きみは感受性が豊かなんだな」

「よく言われます」

「で、こんなところだ。ギターだけじゃ軽音部とは呼べねえし、いまの世代で終わりかもな……」


 俺がぼやくと、彼女は首をかしげて聞いてきた。


「いまの軽音部ってセンパイだけなんですか?」

「記録上は3年の先輩がまだ在籍していることになっているが、実際に活動しているのは2年の俺だけだな」

「なるほど」

「まあ3年の秋だもんな。一般受験で進学を狙っているなら、部活どころじゃねえよなあ」


 俺が窓の外に視線を向けて、遠い目をしていると。


「何人いたら軽音部って存続できるんですか?」


 なんてことを女の子が聞いた。

 俺は、視線を女の子へ戻し、答える。


「4人から部として認められるよ」

「となると、あと2人ですね……」

「いや、3人必要なんだけど」


 この子だいじょうぶか?

 数学どころか算数が怪しいぞ?


「なにを頭の残念そうな子を見るような目をしているんですか」

「してない。そんな目してない。ってかどんな目だよ」

「鏡を見てください。いまの先輩がしているような目です」

「な、なに?」


 俺は、音楽室にあった姿見で自分の顔を確認した。

 写っていたのは、自宅の洗面所で見るのと変わらないものだった。


「ね?」

「どこがだよ……」


 俺はここまできてようやく女の子のペースに乗せられていることに気づいた。

 そして尋ねる。


「なあ、きみは何をしにきたんだ?」

「ひとつめの目的は達成しました」

「目的?」

「素敵な演奏をありがとうございます」

「お、おう。そりゃどうも……」


 どうやら演奏を聴くのが目的だったらしい。

 満足してもらえたようでなによりだ。

 しかし、気になる単語が混じっていた……ひとつめ、だと?


「ふたつめの目的なのですが」

「おう」

「わたしを軽音部に入れてもらえませんか?」

「……は?」

「ですから、入部希望なんです」

「廃部寸前なんだぞ?」

「そこから這い上がるのが最高にロックじゃないですか!」


 ……なんだかすごい子がきちゃったな。

 追い返すのもあんまりだし。


「まあ、俺はかまわねえよ」

「ほんとうですか!?」

「おう」

「やった! よろしくお願いします、センパイ!」

「ん? ああ、よろしく。後輩」


 こうしてひとり廃部を待っていただけの軽音部員に、存続の光が差した。

 まあ俺が3年にあがって、残り2人の新入部員を確保できなければ、廃部なのだがいまは喜んでもいいだろう。

 ひとり寂しくギターを奏でるよりは、聴いてくれる子の前で弾いたほうが、ずっと気持ちは晴れるのだから……。

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