第25話 なくしちまった青春と降りそそぐ輝きと。

「なんていうかなあ……もっと面白く書いてよ」

「はあ」


 俺は、お世話になっているライトノベルレーベルが入ったビルの中で、担当さんと打ち合わせをしていた。

 打ち合わせってのは、書いてきた作品なりプロットなり企画書を見せて、どこどこをもっと変えたほうが面白くなるよ、とか指示をもらうことだ。


 で。

 指示として出てきたのがこの台詞だった。

 正直、殴り倒したくなってくる。


「デビュー作はもっとパワーがあったよね? それを見せてよ」

「パワーとは?」

「勢い」


 俺は、青春パワーMAXで書き上げた作品を新人賞に送ったところ、一番下の賞に引っかかった次第である。

 あの頃はよかった……好きなものを好きなように書いていた時の興奮、高揚は鮮明に思い出せる。

 けれど、俺は変わってしまった。

 大人の世界に染まり始めてしまって、小手先の芸が作品に出るようになった。武器だった新人らしいパワーとやらを手放してしまったようなのだ。結果として担当さんから曖昧な指示しかもらえない状況に陥っている。


「勢いじゃわからないんですけど……」

「高校生なんだからさ、若さを見せてよ。勢いなんて若者の特権だよ?」

「……」


 さっぱりわからん。

 正直に言うと……つらい。

 あれほど楽しく書いていた小説なのに、いまは書くのがつらい。

 でも、商業作家としてデビューしてしまったからには、責任も感じている。もしもここで辞めてしまったら、俺の代わりにデビューできなかった人に申し訳ない。降りられるのなら降りたいけれど、それを許されない葛藤にさいなまれている……。


「今日はこの辺にしておきましょうか」

「進展がなくてすみません」

「まあまだ高校生ですし、ゆっくりやっていきましょう」


 と、担当さんは言っている。

 しかし俺はすでに知っているのだ。

 この業界は後からどんどん新しい才能がやってきて、出遅れた才能たちを蹂躙してゆく。俺も例外ではない。まだデビューしてから日は浅いものの、いつ戦力外通告を受けるかはわからない……。




 学校生活にも影響はでている。

 執筆に時間を取られて、成績が落ちているのだ。

 何も知らなかった頃は、プロデビューしたら作家として生きていけばいいと考えていた。けれど、それは間違いだった。先輩作家さんから念を押されたのだ。


『いいか? 絶対に作家だけで食っていけるとは思うな』


『ちゃんと大学に入って卒業して、他の仕事と兼業しろ』


『じゃないと企画が通らなかった時に詰むぞ』


『最終学歴が高卒のできあがりだ』


 出版社が主催する宴会の席だったので冗談だと思っていた……が。

 現実はどうだ。まさに言われた状況に陥りつつある。


 カタカタとひとり教室でノートパソコンのキーを叩きながら、俺は身震いした。

 クラスメイトたちにはすでに商業作家になったことがバレており、もてはやされた時期もあったが、それも一瞬。いまでは休み時間も昼休みも放課後もつきあいの悪いやつくらいにしか思われていない節がある。


「いったい俺なにやってんだろうなあ……」


 ふと手を止めて、つぶやく。

 俺は友人たちと語らいたかった。遊びたかった。恋もしたかった。でも、それらはすべて無理なことになった。


「もし戻れるのなら、デビュー前に戻りてえ……」


 弱音がでる。

 そんなことを言った時だった……。


「あ、あの!」


 ノートパソコンに向けていた視線を、声のしたほうへ向ける。

 同級生の女の子が立っていた。

 学年ごとにネクタイとリボンの色が変わるので、それで判別できる。

 俺も人のことは言えないが、小柄な体格だ。小動物を思わせる。化粧はしておらず自然体の可愛さがある。おおきな瞳。ふっくらとした頬。小さな鼻と口。バランスのとれた顔立ち。……脳内で勝手に描写してしまった。


「なにか用か?」


 俺が言った。

 ちょっと突き飛ばすような言い方になってしまったと後悔。


「ひっ……」


 女の子は顔を引きつらせながら、後退した。


「……」


 俺は無言で女の子を見つめつつ、やっちまったと反省する。

 それでも彼女はふたたび歩み寄ってきて、話しかけてきた。


「あの、この作品の著者さんだと聞いてきたんですが」

「ああ、合ってるよ」


 そろりと彼女が差し出してきたのは、俺のデビュー作。

 青春パワーMAXで書き上げたものだった。

 もちろん担当さんや他の作家さんからの教えで、かなり書き直してはいるが。


「サインでもほしいのか?」

「違います」


 違ったらしい。

 本を差し出されたら、サインの催促だと思っちまうのもいかんな。

 女の子は言葉をつむぐ。


「わたし、将来はライトノベルの編集者になりたいんです」

「へえ、それがなんで俺に?」

「業界のことを勉強しておきたくて……」


 やる気のある女の子だなあ、と俺は感心した。

 ぶっちゃけ俺の中の編集者なんて、自分の担当以外に知らないので、割とクズだと思っている。適当なことだけ言って、売れそうな作家が現れればそちらに付くというハイエナ。

 そんな悪い印象を吹き飛ばす輝きを、彼女に見た。


「ああ……そういえば、俺も最初はこんな目だったな」

「なんのことです?」

「いや、こっちの話。で?」


 彼女は持っていた本にぐっと力を込めたらしく、全体がすこし歪んだ。


「わたしに、あなたの編集者見習いをさせてください!」

「お、おう……」


 そうきたか。

 俺はてっきり、編集者を紹介してください、とか言ってきそうだなと想像していただけに驚いた。彼女はどうやら、なるべく自分の力で道を切り開こうとしているようである。

 なるほど。これが青春パワーMAXってやつか。忘れていたぜ……。

 俺は彼女に自分にも得るものがあると考えた。


「いいぜ。それで? 俺は何をすりゃいいんだ?」

「いいんですか!? じゃ、じゃあ企画、プロット、本文。なんでもいいので新作を書いて見せてください!」

「はーん、なるほど、そりゃいい練習だ」

「ほんとうですか!? 完全に我流なので当たっていたら嬉しいです!」

「じゃあ早速なんだけど……」


 俺は、ノートパソコンを操作して、とあるファイルを開き、彼女に見せた。

 彼女は上半身をかがめてノートパソコンの画面をのぞき込んできた。

 ……女の子のそばっていい匂いがするんだなあ、今度の作品に活かそう。とか考えちまったのは青春への飢えからか、それとも職業病か。


「もうちょっと待っていてくださいね」

「おう、いくらでも読んでいいぞ」


 彼女はノートパソコンに表示された文字列を追っている。


「これ、習作ですか?」

「そうだな」


 習作。

 練習用、あるいは作品の面白さが伝わるよう一部分だけを書き出したものだ。


「デビュー作と比べてずいぶんと印象が変わりましたねえ」

「へえ、どんな具合に?」

「デビュー作は、はちゃめちゃな男の子が楽しそうに遊んでいる感じでした」

「ふむ」

「これは、子どもと大人の間で葛藤して悩んでいるような印象を受けます」


 ……あのクソ担当より言い当ててるじゃねえか!

 実は習作というのはウソ。

 担当さんに見せるも「もっと面白く書いてこい」と言われ、行き詰まっていたのを表示させたのだ。ひょっとしたら、すこしは役に立つ助言がもらえるかもしれないと思ってのことだが、予想以上だった。


「あのさ……もしよければこれからもちょいちょい見てもらっていいかな?」

「わたしなんかでいいんですか!?」

「ああ」


 やった! と彼女は声を上げて飛び跳ねた。

 彼女のおかげでボツ地獄から抜け出せたのは、それからすぐのことだった。

 やっぱ青春パワーMAXってすげえわ。俺は彼女といっしょに改めて業界での競争に挑む……。

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