第11話 祟りじゃ!

三人で晩御飯を食べた後、俺は食器や調理器具の片付けをしていた。

 未玖は作業があるため自室に、絢香はお風呂に行った。なので俺は一人キッチンに立って皿を洗っている。

 まあ居候させてもらってるし、これくらいの家事はしないとな……。

 静かなリビングでは、水道から水が流れる音だけが響く。

 

「ふー……。」


 こうして一人で何かしているとやはり思い出してしまう。傷はほとんど治っているのにまた痛みが蘇ってくるように、痛覚では無く感覚がある。

 ……こんなんほぼ呪いだろ。祟りじゃ! ヤリチンの祟りじゃ!

 軽く語ってはいるが、結構つらい。目の前での彼女と知らない男が体を絡めあっている光景が何度もフラッシュバックする。

 そろそろ夢にまで出てきそうな雰囲気だ。


「お祓いでも行くしかないなこれは。」

「お祓いより精神科じゃないの?」

「いや、俺の中ではあいつらは死んだ扱いだか……ら?」


 不自然なく俺の会話に入ってきたので普通に会話をしてしまった。

  俺の隣には風呂上がりでいい香りを漂わせたパジャマ姿の絢香。同級生のパジャマ姿は何かと背徳感がすごい。


「やっほ。お風呂空いたよ。」


 心臓が鼓動を早める。こんなやり取りカップルでもしない。事実俺が小森と付き合ってた時でもしたことがない。

 ちなみに今の気持ちを一言で表すとするなら……ムラムラします。


ということで、さっさと風呂に入って自室に戻って少しだけ勉強する。

 他にやることがないこともないのだが、一応学生なので勉強くらいはしないといけない。

 が、やはりふとした瞬間に頭の中に湧いて出てくる。

 このままだと本当に鬱病になってしまいそうなので、頭の中を数式で埋めようと頑張っていたら、誰かがドアをノックしてきた。


「どうぞー。」

「涼太?」

「どうした絢香。」


 部屋に入ってきた絢香はいつもとは雰囲気が違った。何か、シリアスな感じだ。


「さっきの話。」

「さっきの? ……ああ。お祓いってやつか。それがどうしたんだ?」

「……平気なの? 君はどうしてその顔で笑っていられるの?」

「待て待て待て。急にどうした?」


 さっき怒った時とはまた別の怖さを感じる。

 女心は秋の空ってホントなんだな、覚えておこう。

 ……まぁ流石におふざけで答えるわけにはいかない。


「ねぇ涼太。君の強さはどこから来ているの?」

「……俺はまぁ、自分を過保護に扱ってるからな。」


 いつか絢香本人から言われた言葉。

 『人の心っていうのはね、自分が思っているよりも傷つきやすいんだよ。比較対象が無いからね。自分が思っているよりも傷ついていたり、傷ついてなかったりする。だから、自分には多少過保護くらいが丁度良いんだ。』

 俺の中で印象深く残っている数少ない言葉。親の言葉よりも心に響いた言葉で、俺の心を支える数少ない一つ。


「覚えてたんだ……。」

「そりゃな。絢香にとっては何気ない一言でも、俺にとっては人生を変えた一言だったりする。」

「じゃあ君は、その言葉だけで情緒を保っているの?」

「それもあるけど、それだけじゃないよ。」


 そう、それだけじゃない。どれだけ心に残っていようが、言葉は言葉だ。

 今の俺を支えてくれているのは大きく二つ。


「黒崎姉妹と、理科研のみんなだ。」


 俺にとって一番大きな部分。全てが溢れ落ちて空っぽになった俺の器を埋めてくれる。

 だから俺は今こうやって笑うことができる。血も涙も出し切ったら、後は笑うだけだ。


「そっか。強いね、君は。」

「そうでもないさ。絢香や未玖のバフがあってこそだ。」

「フッフッフ。私は聖女絢香だからね!」

「探偵じゃないのか?」

「聖女探偵かもしれない。」

「なにそれ、普通に強そう。」

「……それじゃあそろそろ部屋に戻るよ。」

「ああ。おやすみ。」

「うん、おやすみ。」


 俺はドアが完全に締まるまで待ってから、布団に飛び込む。

 普通に痛い。

 が、それよりも心臓の鼓動が気になってそれどころじゃない。


「心破裂するかと思った~……。」


 今日まで全然考えたことなかったけど、これって同棲だよね。傍から見たら完全にそういう関係に見えるよね!

 俺は布団を抱きしめてコロコロ転がる。

 

「今日はさっさと寝ようそうしよう。」


 俺は部屋の電気を消して目を瞑る。一瞬あのカスどもが頭によぎったが、さっきの絢香で払拭した。

 今日はぐっすり眠れそうな気がする。


 ―朝―

 

 「涼太~起きなさい~。」


 休日の朝、俺は誰かにゆらゆらと揺さぶられて目を覚ました。

 一体誰だ。俺の安眠を邪魔するものは……。


「……仕方がないわね。」


未玖は周りをキョロキョロと確認して、だれもいないことを確認してから、俺の耳に口を近づける。

そして中学三年生とは思えないくらいの妖艶な声で囁く。


「起きて、お兄ちゃん。」

「おはようございます。グッドモーニング。グーテンモルゲン。」

「やっと起きた。朝ごはんできてるから早く着替えてリビングに来なさい。」

「へ~い……。」


 俺は欠伸まじりに返事をして、のっそりと起き上がる。

 グーッと伸びて、適当に選んだ服に着替える。

 全く、お兄ちゃんとはけしからん。今度はちゃんと録音しておこう。


「まだ~?」

「今行く~!」


 俺はちょっぱやで着替えてリビングに急ぐ。

 今日は目玉焼きと白ご飯に味噌汁。日本の朝ごはんって感じだ。


「遅いよ涼太。もしかしてあの後、色々しちゃった?」

「え? お姉ちゃんとなにかしたの?」

「何もしてないよ。あと絢香、誤解を招く発言は控えろ。」

「私は中々寝付けなかったけどな~。」

「……涼太?」

「まじで何もしてないから! ……というか、先に食べてても良かったのに。」


 時刻は8時過ぎ。俺は休日は9時過ぎまで寝ているので、今度からは二人で食べててもいいのだが……。


「うちは休日の朝ごはんは家族で食べるのが決まり。」

「文句?」

「いや、郷に入っては号に従えだ。俺も明日からは8時前には起きるよ。」

「意外に素直ね。」

「私の相棒だから。」

「関係ないだろ。」


 朝ごはんを食べながら三人と世間話をする。俺と未玖が一言話す前に絢香が三言くらい話すが。

 そのまま朝ごはんを食べ終えお茶を飲んでいると、右ポケットに入れたスマホが鳴った。


「珍しいな、誰……だ……。」


 スマホの画面に表示された名前、今の俺が見たくなかった名前ランキング第3位くらいにランクインしている名前、というより呼称。


「誰から?」

「ちょっと涼太?」


 不思議がる二人に、俺はスマホの画面を見せた。


「元母親からだ。」


 電話の相手は、今見たくなかったランキング第3位、―母―からの電話だった。

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